この春、32年間続けた放送作家業を引退した鈴木おさむさん。同時に上梓した『もう明日が待っている』は、『SMAP×SMAP』を通してSMAPと深い信頼関係を築いてきた鈴木さんにしか書けない、知られざる国民的グループの物語が描かれていると話題を呼んだ。
ここでは、プライベートでも鈴木さんと交流のある岡村靖幸さんの『幸福への道』から二人の対談の一部を抜粋して紹介。岡村さんがSMAPとの出会いや「スマスマ」での仕事について訊いた。(全4回の3回目/続きを読む)
◆◆◆
SMAPという巨大な船に乗り続ける
岡村 そもそもなんでそんなにいろんなことをやるんですか?
鈴木 僕の中ではそれが全部放送作家の仕事だからです。放送作家が作る映画、放送作家が書く小説。だから僕の肩書きは何をやっても「放送作家」だった。もちろん、専業の人の作品のほうがいいに決まってるんです。ただ僕は、放送作家にしかできないことがあると思っていたので。
岡村 もちろん、それぞれの仕事に対して放送作家としてのスタンスやプライドは感じます。ただ、何をするにしても強烈なトピックを持ってくる。だから『電波少年』的だと言ったんです。人の心をザワザワさせるから。
鈴木 たぶんそれはSMAPに対する反骨心もあるんですよ。
岡村 どういうことですか?
鈴木 SMAPって巨大な船なんです。ときには暴れたりもする。その船に乗り続けるには、彼らにとって必要な存在じゃないといけないんです。だから、SMAP以外でも成果を出したいという思いが、いろんなことをやることにつながっていたりするんです。
岡村 おさむさんが書かれた本(『最後のテレビ論』)にもありましたが、SMAPとはマネージャーだった飯島三智さんと出会ったのが始まりだったと。
鈴木 22、23歳ぐらいだったかな。当時僕は、KinKi Kidsのラジオ番組をやっていて、(堂本)光一くんがドラマ『家なき子』に出ていて、安達祐実ちゃんとのキスシーンがあったから、「彼女の唇はどんな感触だったか」という企画をやったんです。いろいろな食べ物を用意して「キスの感触がどれにいちばん近いかを検証する」っていう(笑)。すると飯島さんが、「あの作家の子、面白いね」と。その後、木村拓哉くんのラジオ番組が始まるときに声が掛かったんです。
岡村 フックアップされたんだ。
鈴木 他の放送作家とは違って、アイドルをアイドルとして扱わないからでしょうね。あとは、SMAPのメンバーと年齢が近いというのもあったと思います。
岡村 そうなんですね。