発売3日後に増刷が決まった仏の歴史人口学者・家族人類学者エマニュエル・トッド氏の新著『西洋の敗北』が話題になっている。トランプ再選を含む今日の世界情勢をテーマに、トッド氏と、歯に衣着せぬ発言が持ち味の“あまり日本人らしくない”成田悠輔氏(経済学者)が徹底討論した。
21カ国語で翻訳も「英語版は未定」
〈トッド 新著『西洋の敗北』のイタリア語版が9月に出て、10月にはドイツ語版が出たのでプロモーションでイタリアとドイツに出張したことで無理をしすぎて、末っ子の大学生の娘も連れていく予定だった肝心の日本に行けなくなってしまいました。
成田 何カ国で翻訳が決まっていらっしゃいますか。
トッド 21カ国です。しかし英語版はまだ決まっていません。今後も出ないと見ています。
成田 一番市場が大きい英語で決まっていないのは不思議ですね。何かの陰謀が働いているのでしょうか(笑)。
トッド アングロサクソン(英米)世界にとって、「あまりに正しく、あまりに真実を突いている」(笑)から翻訳出版できないのかもしれません。米国を批判した『帝国以後』(2002年刊)は多くの言語に訳され、英語版も出ました。それに対して英語版が出ない『西洋の敗北』の方が“真の成功作”なのかもしれません。
成田 母国フランスでの出版後の反応はいかがですか。
トッド 2024年1月に刊行され、発行部数は累計9万部で、この種の本にしては多くの読者に恵まれました。版元のガリマール社によると、米大統領選後、再び売れ始めて週単位の売上が2倍以上になりました。トランプ再選が「西洋の敗北」と受けとめられたようです〉
自由貿易が米国の民主主義を破壊した
現在、トランプ氏の「関税発言」に対して、世界各国から懸念が表明され、「自由貿易の危機」が叫ばれている。だが、トッド氏は「自由貿易こそが米国の民主主義を破壊した」と説く。
〈成田 古典的経済学は貿易の利益を強調しました。各国が得意な分野に特化して貿易することで全体のパイが増える「比較優位の原則」です。貿易は淘汰される敗者も生みますが、増えたパイを再配分に回せば弱者救済はできるはずと考えられてきました。しかしそう単純ではなかった。米国の製造業が中国との競争に直面して生まれた大量の失業者は十分に救済されたとは言い難いです。最近の経済学者は自由貿易の負の面も強調しています。