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レフトスタンド

 久々の一人観戦後、スタンドを出てみると何とか雨もあがった模様の京セラドーム東口。セ・パ交流戦の為か、いつにも増して人で溢れるエントランスは沢山の会話と帰途を促す警備のトラメガで騒ついていた。彼女の為に山本由伸のユニフォームでも買って帰ろうとBs SHOPに寄る事にした。しかし、自分は縦縞のユニフォームは絶対に着ないと言いながら、彼女のBsユニフォームを探す僕も勝手なものだなと手に取るのを止めた。一人で歩く中央プラザはいつもと違う景色で、普段は意識しない銀杏の木やイオンのパネルに視線が移る。今日は球団歌を歌っている人のライブもやってない。ふとiPhoneを確認すると数件のメッセージ。彼女からのメッセージに気付き電話を掛けてみる事にした。昨日の喧嘩をちゃんと謝ろう。

「あんなぁ、ブルくんのユニフォーム買おう思うて桑原の64番にしたけどエエやんなぁ」開口一番彼女は自分の用件を切り出した。喧嘩をしていた事など一切触れもせず。すぐさま僕は人波を逆行しBs SHOPへ足を向けた。「いや、タイガースのユニフォームは着ないから要らんよ」中央プラザからBs SHOP側へ降りるエスカレーターの途中でまだそんな事を言う僕に、電話の向こうの彼女は「エエねん、エエねん。私買うだけやから」といつものペースで言い切った。

「それよりさぁ、火曜日からの甲子園。私、レフト側で観るわな。」本当はびっくりする程嬉しかった。関西ダービーをライト・レフトのどちらで観るかが喧嘩の原因だった。お互いライト・レフトのチケットを購入し、どちらで観るのか譲らない。Bsファンとタイガースファンが付き合ってしまうと年に数回起こる大問題なのだから。「ありがとう」とは言えず「エエの?」の言葉が口を衝く。「じゃあ、なんば線の3番ホームで」そう言いかけた僕に被せて彼女が言う。「私、金田を応援しに行くわ」いや、今は金田和之はベンチに居ないし。ただ僕が言ってもどうせちゃんと聞いてはくれないだろう。「うん、じゃあ火曜日になんば線の3番ホームで」そう言って電話を切った。

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 Bs SHOPに戻り山本ではなく金田のユニフォームを購入したタイミングで彼女からメッセージが届いた。「オリックス時代の糸井のユニフォーム持ってへん?」いや、持ってるよ。持ってるけど今さっきユニフォーム買ったんだけど。「火曜日はオリックスの糸井ユニで応援するわ」結局いつもの彼女のペース、金田のユニフォームは無駄になりそうだ。まぁ良いか。今度桑原のユニフォームと交換しよう。彼女の口癖「タイガースとBsの日本シリーズが見たいねん」を実現する為にタイガースのCSくらいは桑原ユニで応援しに行く事にしようか。だけどこの交流戦は話が別だ。悪いがホークスに3つも負けたタイガースのせいだ。まだまだBsは負ける訳には行かなくなってしまったのだから。火曜日は2人で阪神なんば線大阪難波駅を出る事にした。2人でBsをレフトスタンドから応援する為に。

オリックス時代の糸井嘉男 ©文藝春秋

(※この物語は全てフィクションです。)

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