【プロ野球死亡遊戯からの推薦コメント】
 最近、編集者との打ち合わせで「80年代、90年代生まれで野球を書けるライターって誰かいませんか?」とよく聞かれる。プロ野球は昭和の時代から続く伝統のスポーツ新聞や専門雑誌が多数存在するため、他ジャンルよりも圧倒的に新規ライターの参入が難しい。新しい才能が世に出にくいシステムは、書き手にとっても読者にとっても不幸だと思う。今シーズンの巨人は吉川尚輝や岡本和真といった選手を抜擢して育てようとしている。だったら、文春野球の巨人チームも未来への期待を込めて、ほぼ新人ライター遠藤玲奈さんを代打起用します。テーマは「野球女子的イチオシ選手」。東京大学大学院卒業の異色ライターが書く小林誠司の魅力とは?

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 妙なご時世だ。

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 過労、パワハラ、ブラック企業は、日々問題になっていながら、一向に減らない。

 それらから逃れられない大人たちの疲弊が蔓延しているのだろう。社会に出る前の若者や子どもたちも疲れた顔をしている。そして、がんばること、がんばろうと言われることを拒否している。がんばったって意味ないし。ほどほどでいいし。もちろん全員ではないが、そういう空気を感じることが少なからずある。

 相手を無条件に従わせ、搾取するためだけに、限界を超えた要求をすることは人権侵害であり、決して許されない。それはそれとして、伸びしろを感じた時に、がんばろう、もうちょっとやってみよう、と声をかけることが憚られるのは、なんとも寂しい。「がんばれ」は、決して悪い言葉ではないはずなのに。

 そんな私のフラストレーションを解消してくれるのが、小林誠司だ。球場に見にいけない、 中継も見られない日も、速報サイトで名前を見るだけで、 今日もがんばるのだな、と嬉しくなる。 それなら私ももうひとがんばり、と思える。心置きなく応援できるのが、小林のいいところである。がんばれ、がんばれ、がんばれ。いくら言ってもいい気がする。もう疲れた、そんなにがんばれない、と弱音を吐いたり、もう十分がんばってるんだよ! と突如キレたりしなさそうだ。うん、がんばる、がんばるよ。もっとがんばらなきゃね。そんな姿が悲壮感を漂わせず爽やかなのは、おそらく本人が心から野球が好きなのと、一定の結果が出ているからだ。なんだかんだ言われながらも巨人と侍ジャパンの正捕手であり、ゴールデングラブ賞と最優秀バッテリー賞を受賞した。現時点で日本最高の捕手であると言っても、それほど外れてはいないはずだ。なぜか少し、くすくす笑われそうではあるけれど。

なんだかんだ言われながらも巨人と侍ジャパンの正捕手である小林誠司 ©文藝春秋

捕手複数制で名捕手が育つのだろうか? という疑問

 2016、17と2シーズン連続で規定打席に達している捕手は、がんばる小林ただひとりである。5月9日に公開された中川充四郎さんのコラムにあるように、今はどこのチームも複数の捕手でペナントを回している。そして、それがうまく機能している西武ライオンズは絶好調だ。絶対正捕手は過去の遺物であり、今は複数制が最善の方法、であるように思われる。本当に、そうだろうか?

「このままでは信頼されるキャッチャーはもう生まれてこないかもしれない」

 谷繁元信『谷繁流キャッチャー思考』(日本文芸社)の最初のページにそう書かれている。2年ほど前の私はプロ野球そのものを今ほど熱心に見ていなかったが、小林誠司の名前と、イケメンだが前任の阿部慎之助に比べると少々もの足りない、という評判は知っていた。それにもかかわらず、日本代表チームに召集されている。他に人材がいないのだなと、古田、谷繁、里崎、阿部ら錚々たるメンツが顔を揃えていた頃からの時の流れを感じた。結果的にこの人選は2017年WBC本番において大いに奏功したが、選出された時点で未知数だったことは確かである。信頼できる盤石の捕手が、12球団から3人選べない。巨人に限らず、ほとんどのチームが、少々もの足りない捕手を主戦力とせざるをえないのだ。先ほど名を挙げた面々や、より遡って野村克也や森祇晶らは桁違いの名捕手だったから試合に出続けていたのだろう。が、試合に出続けることで、さらに捕手としての能力を高めたという風にも考えられる。

捕手複数制は最善の方法なのだろうか ©文藝春秋

 小林に興味をもって以来、捕手に関する本を何冊も読んだ。キャッチャーの役割の概要はわかっていたつもりだったが、想像をはるかに上回る仕事量に驚いた。どの選手も準備はするだろうが、これほど“予習・復習”が求められるポジションは、他にはないはずだ。ナイターが終わってシャワーを浴びて帰宅して食事して……私なら、間違いなくそこで寝たい。その後に、今日まずかったところを分析して明日の対策を立てる、という頭脳労働ができるものだろうか。ナイターの翌日がデーゲームの場合、寝不足で試合に臨むことになるのでは……。

 だから、それを避けるために、併用で負担を分担する。試合に出た捕手が分析を行い、翌日の捕手に報告する。引き継いだ捕手が、元気いっぱいで試合に臨む。だから、うまくいく……ペナントを乗り切るという意味では、確かにそうだろう。しかし、谷繁の危惧はどうなるのだ。名捕手不在と言われる時代に、各捕手の出場機会をかつての三分の一にする。捕手全体のレベルがどうなるか、目に見えている。