昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2018/06/09

渋滞にはまった時に起きた“困ったこと”

 続けざまに試合後のドームからの一本道で渋滞にはまった時の出来事を語り出す。

浜名「いつものように試合後の渋滞にはまっていたら運転席の窓を“ドンドン!”って叩きながら“浜名さんサインください!”って小学生ぐらいの子供が言うのよ。コレも車道で危ないし皆が見ているところだったから本当に困ったのをよく覚えてるねぇ」

 少年ファンにも人気抜群だった浜名さん。だけど、危ない。そのため現在では選手が車を停める場所には守衛さんが立つようになり、ファンが立ち入れなくなって20年ほど経っている。

HAMANAユニを着たファン ©加藤淳也

当時のファンが語る「浜名人気」

 黄色い声援を浴びまくっていた浜名さんがホークスを離れて17年が過ぎた。それでもまだ“HAMANA”と書かれたユニフォームを着ているファンをヤフオクドームではチラホラと見掛ける。京ちゃん(昔20歳)に当時の浜名ファンの様子を聞いてみると「みんなライバルやったよ(笑)、どうかすると浜ちゃんファンってわかったら仲悪かったもん、私はそんな事しなかったけどね(笑)」と当時を懐かしむ。

 京ちゃん曰く「今みたいにギータ(柳田選手)が良いとか、イマミー(今宮選手)ファンとか、ナオ君(東浜投手)好きとか分散されてなかったとよ。じゃないとルーキーがいきなりオールスターファン投票一位とか選ばれんよ(笑)」と当時の事を誇らしげに語っていた。

ユニフォームにはたくさんの8バッジ ©加藤淳也

 当時の「タカガール」たちを虜にした必須アイテムが、ドームで野球観戦するファンクラブ入会者特典のバッジだった。「8 HAMANA」が出た人に“交換トレード”を求める女性ファンがかなり多くいたそうだ。そういった当時のファンの話について浜名さん。

浜名「試合の後はよく追いかけられたなぁ(笑)。車のバックミラーで後ろの車が追いかけてくるのが分かるのよ。しかも助手席で女の子が指示を出してて、運転手がおそらく彼氏なんだよねぇ、もうあの頃は無茶苦茶だったなぁ(笑)。マンションで待ち伏せとかよくされてたけど、それで喜ぶ選手なんかいないから絶対やめた方がいいよね(笑)。切手が貼ってない手紙とか普通にポストに入ってたもんね。えらいこっちゃ(笑)」

モテエピソードを披露してくれた浜名さん ©加藤淳也

浜名「もうオッサンになったからなぁ。たまに行く野球教室で子供達は全然喜んでくれないよ。ただ、お母ちゃん達がメッチャ喜んでくれるんよね、あの頃僕のことを応援してくれたファンの子たちはみんないい歳になったんだなぁって思うよねぇ(笑)。これ困ったファンあるあるじゃなくて野球教室に浜名千広が行ったときの“あるある”ね(笑)。まぁ今もまだバツなしの独身ですけど(笑)」

 確かに困ったファンあるあるの取材ではあったが、イケメンは爽やかに話してくれた。言わずもがなだが、マナーを守って選手の応援をしましょうね(汗)。

※「文春野球コラム ペナントレース2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttp://bunshun.jp/articles/-/7565でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。