複合的ストレスがもたらす海の機能不全
世界自然保護基金(WWF)によれば、主な海洋資産の価値は控えめに見ても24兆ドル(3456兆円)だが、このままでは海洋環境のダメージによって今後15年間で最大8兆4000億ドル(1210兆円)もの経済的損失が生じるリスクがある。また、私たちが生きている間に、海は人間の影響によって、劇的な変化を起こす分岐点「ティッピング・ポイント」に達するという。
しかも海の変化は専門家の想定や既成概念を上回るかたちで進んでいる。それは地球が直面する三重苦(気候変動・汚染・生物多様性の損失)の複合的ストレスが海や地球環境に及ぼす影響を把握しきれていないからだ。
海面温度は2023年から毎月ほぼ一貫して過去最高記録を更新。南極大陸は盤石な地球の「冷蔵装置」だと言われていたが、氷塊が猛烈な速さで溶け始めた。海流や海面上昇への影響はもちろん、熱を反射する白い氷が、熱を吸収しやすい濃い色の水に変化することで、南極はむしろ温暖化の加速要因へと豹変。北極圏にほぼ海氷がない夏が2030年代に到来する可能性がある。
また海水温の上昇は、ハリケーンや台風の頻度と強大化に直結する。
海の生物の生態や分布にも異変が起きている。水温上昇で水中の酸素量が減少し魚の大量死が頻発。さらに「気候難民」化した魚種の分布が変わり、北海道ではサケやスルメイカなどの漁獲量は減り、ブリが増加。海水温の上昇と乱獲等の「自然界の限界」を度外視した活動が続けば、マグロ漁獲量世界一のインドネシアでは2050年までに漁獲量が31%減少すると予測されている。
水温上昇はサンゴ礁の大量白化を招いており、2024年には、過去1年間に世界のサンゴ礁の60%が白化したと判明。サンゴは共生する藻類の光合成からエネルギーを得ているが、海水温の上昇で藻類が離れる白化現象が起こると、栄養失調で死滅する。ちなみに、サンゴ礁には全海洋生物の25%にあたる約九万種が生息している。