映画『君の忘れ方』は、主人公の昴(すばる/坂東龍汰)が婚約者の美紀(西野七瀬)を亡くしたその後の時間を見つめる物語。主題となるのは、死そのものではなく、死によってもたらされる遺された者の心模様である。作品を、グリーフケア――大切な人を喪った人が受ける心身の衰弱に寄り添い、立ち直りの援助をする考え方が梁のように支えている。
悲しみに呑まれる者の姿。「死」の後から淀みはじめる、時の流れ。それらを脚本に込めた作道雄監督が、本作が生み出された背景、そして監督としての思いを語ってくれた。
「4年ほど前、グリーフケアをテーマにした作品の話をいただきました。正直に言うと、その時はあまり乗り気ではなかったんです。僕の経験からすると悲しみは癒せないものだと思っていたし、大切な人を喪った時は、そっとしておいてほしいという思いが実感としてあったので――」
その言葉の根本には、監督が幼時に経験した別れがある。
「僕が7歳、小学校1年生の時に父を病気で亡くしました。それからの僕はどこかで父の死を考えないように、思い出さないようにしていました。父について考えることを止めるような、記憶を封じたような、そんな感じでしょうか。ところが、それから20年ほど経って実家を人に貸すことになり、父の部屋を整理することになったんです」
そこで目にしたのは、本人すら忘れていた、幼いころに父親に宛てて書いたメッセージや手紙だった。手に触れたとたん、凝結して奥底に沈んでいた感情が溶けだした、そんな感覚に襲われた。
「僕はこの時、不在である父の存在に気がついたのだと思います。様々な想いが湧きあがりました。“あぁ自分はこんなにも父を遠ざけていたのか”、“こんなにも悲しかったのか”と。感情が決壊し涙が止まらず、自分が心を閉ざしていたことを悟ったんです。それからです。墓前で父と向き合い素直に思いを語れるようになったのは。それまではただ手を合わせる、形ばかりの向き合い方でしたから」
大切な人の死がもとで心を閉ざし他者を遠ざける。主人公の昴もそうだ。結婚を目前に控えたある日、婚約者の美紀を事故で喪ってしまう。
息子を案じた母(南果歩)はしばらく故郷の飛騨に戻ることを勧める。昴はその飛騨の地で、死別によって心に傷を負った人が語り合う集いの場を知る。そこで、皆それぞれに異なる苦しみを抱えていること、あるいは、大切な人の死を直視できない人の姿を客体視することになる。
「脚本は、脳内で何度も大切な人を喪う作業を繰り返しながら執筆しました。仮に僕がいま誰かを亡くしたなら、そこから立ち直る自信はありません。そこで大切なのは人と生きることを手放さないこと。ひとりでいつづけることは不可能で、周りに人がいてくれるから現実を生きていける」
ひとり、この世界に残された昴はそれからをどう生きるのか。やがて、闇の中で微かな光を捉えることになる。
「坂東さんが芝居で見せた、恋人を失い襲われた感情は、悲しみではなく喪失でした。彼はその表情を表現してみせた。その、何もかも見失った瞳に彼女がふいに映る。その“邂逅”が少しずつ彼を動かしていく。それは主観の世界ですが、そこから彼は一歩を踏み出していくのです」
作道監督はこの作品が、会えなくなってしまった大切な人のようになることを望んでいる。普段は忘れていても、何かをきっかけに思う、そんな存在である。
「観た人すべてにいま共感を求めるより、いつか『君の忘れ方』という作品があったことを思い出してもらい、その時にまた観てもらえるような、そんな作品になってほしいです。ずっと、どこかで生き続けるように――」
さくどうゆう/1990年生まれ。京都大学卒。2018年『神さまの轍-Checkpoint of the life‐』で商業映画監督デビュー。監督・脚本を手掛けたVRアニメーション『Thank you for sharing your world』が第79回ヴェネチア国際映画祭に出品・正式招待された。
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映画『君の忘れ方』
1月17日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開
https://kiminowasurekata.com/