〈こんな世の中はもうダメだ。今日は最良の日。私と一緒に幸せの国へ行きましょう〉――。元妻はなぜ愛する娘を殺し、自らの命まで断とうとしたのか。加害者の元夫であり、被害者の父親である男性に取材してわかった、2016年に起きた事件の真相を、ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の新刊『殺人の追憶』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の1回目/続きを読む)

元妻はなぜ愛する娘を殺したのか? 写真はイメージ ©getty

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凶行の理由は…

 2016年6月17日、朋美(仮名、当時40歳)は小学校4年生の娘・美咲さん(仮名、当時9歳)と秋田県秋田市内の自宅アパートと二人きりでいた。朋美は生活保護を受けながらの生活で、仕事はしていない。特に用事がなければ、出かけることはなく、家に引きこもってばかりだ。

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 7年前から秋田市内の児童養護施設に入所していた美咲さんは、久しぶりに母に会えるからと、喜び勇んでその日の夕方に一時帰宅していた。施設に入所したのは、朋美が育児放棄し、児童相談所も母親による養育が困難と判断したからだった。

 荒れ放題の部屋は、朋美の育児放棄を浮き彫りにしていた。その日も朋美は食事を与えず寝てばかりで、美咲さんはしかたなく空腹をスナック菓子で満たしていた。もう何日もこんな生活だったから、美咲さんの不安はふくらんでしまうばかりだ。

 20日16時5分ごろだった。秋田中央署員が朋美と美咲さんがいるそのアパートを訪れた。一時帰宅の期限は19日までだった。だが20日午前になっても美咲さんが戻らず、施設が警察に届け出たのだった。

 電話は不通で、施設は訪問もしたが、朋美の応答はなかった。いままでにないことだった。

 署員が部屋で息絶えている美咲さんを発見した。鑑識の結果、死因は首を絞められたことによる窒息だった。

 そばには朋美が倒れていた。すぐに市内の病院に搬送されたが、意識不明の重体だった。

 発見時、美咲さんはタオルケットに包まり、うつぶせで朋美に寄り添うようにして横たわっていた。後の裁判における証言などによれば朋美は、寝ている美咲さんを、まずは首を絞めて殺した。十数分にわたって力を緩めることをしなかった。美咲さんは無抵抗だったとされている。

 そして呼吸が止まったのを確認すると、朋美は自身の体を包丁で刺して無理心中を図った。だが一命を取りとめ、朋美だけが生き残った。朋美の体にはためらい傷があり、発見時には出血もしていた。

 この事件で、朋美は殺人容疑で逮捕、起訴された。

 朋美がなぜ娘を殺し、自らも死のうとしたのか、その動機は裁判でも明確になっていない。ただし、この凶行をオラクルカードで決めたことだけはわかっている。