私の人生の岐路で出逢ったのがこの作品
上京して定時制高校を受験する時、さくらさんや博さんに勉強を教わる場面がありました。そこでの渥美さんの冗談も面白くて、つい本気で吹き出したりもしました。
撮影を終える頃、渥美さんが「ぼくは蘭さんの仕事をこれからも見ていきますよ」と仰ってくれて。翌年に夢の遊眠社公演『少年狩り』を観に来て下さった時には感激でした!
思えば、ほとんど出ずっぱりで演技が出来た映画だったんですね。寅さんと一緒に柴又に来た最初の場面では、寅さんを誘拐犯と間違えた巡査(米倉斉加年)に食ってかかったり、定時制高校では光石研さん、田中美佐子さんと一緒に先生役の松村達雄さんにときめいたり、地元の恋人・貞夫(村田雄浩)に恋心をぶつけたりと、様々な感情を演じさせてもらえました。とらやでの合格祝いの席で江差追分を歌うシーンも、親しい家族の空気を三崎千恵子さんや下條正巳さん、太宰久雄さんが醸してくれたので自然に声を出すことが出来たんです。
なかでも生き別れた母(園佳也子)との再会シーンは最もボルテージの高い場面ですが、撮影はぶっつけ本番でした。とらやを訪ねてきた園さんは完全に役に入っていて、そのお陰で私は悲しい怒りをぶつけられたし、倍賞さんのフォローで園さんを追いかけて寄り添うことが出来ました。本当に共演者の皆さんには感謝の想いでいっぱいです。
「『寅次郎かもめ歌』を観たけど、良かったです」。そう言ってくれたのは後に夫となる水谷豊です。歌の世界から退いて、未知だった演技の仕事へ踏み出し、期待と不安と緊張に満ちていたあの頃の大切な一作。私の人生の岐路で出逢ったのが、この作品だったのかもしれませんね。
受験に気後れして橋の上で立ち止まったすみれに、寅さんが「お前、それでいいのかい?」と諭すシーンがあります。素顔の私も同じように励ましを受けて前に進めた気がするんです。