渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。

第19作『男はつらいよ 寅次郎と殿様』(1977年)

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自信がなかったけど…現場全員がファミリーという感じでホッとした

 私なんかで務まるかな……。この『寅次郎と殿様』への出演は、とにかく不安でした。前々作の『寅次郎夕焼け小焼け』は、私が所属していた劇団民藝の主宰者のひとり宇野重吉が孤独な日本画家を演じ、クールできっぷの良い芸者を太地喜和子さんが見事に表現した傑作でしたから。私はまだ劇団研究生で、舞台『桜の園』でアーニャ役を演じ、映画では『忍ぶ糸』くらいしか出演してなかった頃です。自信がなかったんです。

 でも、いざ現場へ行くと、山田洋次監督は演技指導をしてくださって、すごく優しい。現場全員がファミリーという感じでホッとしたことを覚えています。

真野響子(まやきょうこ)1952年、東京都生まれ。舞台『血の婚礼』でデビュー。映画『忍ぶ糸』、舞台『桜の園』、ドラマ『御宿かわせみ』『炎立つ』『ちゅらさん』『麒麟がくる』など出演多数。

 私自身、育った鎌倉で、お下げ髪の学生時代に笠智衆さんが撮影に向かわれるのに何度も出くわして、松竹大船撮影所は身近な存在でした。「ああ、ここの作品に出演できるんだ!」という喜びもひとしおでしたね。

今でも思い出して胸がいっぱいになる場面

 私の役は愛媛県大洲市にある旧家の当主、“殿様”(嵐寛壽郎、愛称アラカン)の亡くなった末息子・克彦の嫁、鞠子です。彼女は一度も義父と会ったことがなく、亡夫の墓参りに大洲に来ているのですが、義父には会おうとしない。何やら事情がありそうだと匂わせたところで、宿屋で寅さんに出逢います。寅さんが鞠子を気遣い、「元気を出しな」と励ますでしょ。そこで「ハイ!」と返事をするのですが、自然で、迷わず正確な音で答えられた。その場面に応じて最適なセリフの音階があるんです。そこは緊張していた撮影序盤でしたから、我ながら嬉しい場面でした。

 それから舞台は東京へ。鞠子に一目会いたいアラカンさんが上京し、初めてとらやの座敷で鞠子と顔を合わせます。今更、会って何を言えばいいか戸惑う鞠子へ「鞠子さん、克彦が大変お世話になりました」と挨拶する。そこから涙を拭き間をおいて、「一目お会いした時から私にはよくわかりました。あなたが傍にいてくださって、克彦はどんなに幸せで」と。この場面、私は台本を読んだ時から涙が止まりませんでした。本番中、言葉を詰まらせて泣き始めたアラカンさんの名演に誘われ、倍賞さん、渥美さんまでも涙ぐみました。今でもあの場面を思い出して胸がいっぱいになります。