渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。

第26作『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』(1980年)

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普通の女性を演じられたことがとっても嬉しかった

『寅次郎かもめ歌』で、私は、寅さんの友達である父と死別したすみれを演じました。出演をオファーされたときは驚きましたし、嬉しかったですね。でも、松竹の人気シリーズのマドンナ役は大女優さんが務めるものだと思ってましたから、「やっぱり間違いでした……」なんて電話がかかってくるんじゃないかと思うと気が気ではなかったです(笑)。

伊藤蘭(いとうらん)1955年、東京都生まれ。73年、キャンディーズのメンバーとしてデビュー。解散後、80年代からは俳優として活躍。出演作に映画『ヒポクラテスたち』『少年H』など。

 台本を読むと、すみれは複雑な女の子でした。母は3歳の時に失踪、中学を出て札幌や函館に働きに出たけどうまくいかない。郷里の奥尻島に帰ってテキ屋の父と暮らすけど折り合いの悪いままに死別してしまう。そんな矢先、漁協で働いているところへ寅さんがやって来ます。これが撮影の初日でした。飴を舐めながら、ちょっと斜に構えて父の友人だという寅さんを迎える。岬のお墓、積石塚で手を合わせる寅さんを、ちょっと手持ち無沙汰でつまらなそうな表情で見ている。ここのシーンは好きですね。亡父との距離感、これからの不安など心象風景が詰まっていて。寒々しい場の雰囲気にも演技を助けられました。屈託を抱え、思うに任せない女性は、私にとって演じ甲斐のある役どころだったんです。

 というのも、当時の私はキャンディーズのランのイメージを裏切りたい、等身大の自分を自然に表現したいと感じていた頃でした。だから、80年3月の東芝日曜劇場『春のささやき』(脚本・市川森一)で、北海道小樽・塩谷駅近くにある食堂で働く伸子、彼女は恋人とうまくいっていなくて……という普通の女性を演じられたことが、とっても嬉しかったんです。偶然にもすみれの故郷が北海道で、しかも自分の居場所を見つけようともがく女性だったので、スウッと役に入り込むことが出来ました。

 山田監督は、未熟なりに一生懸命だった私をただ見守ってくださって、本当に有り難かったですね。

 渥美さんは終始優しかった。ご体調がよくなかったこともあったのでしょう、奥尻島のフェリーでは「蘭ちゃんも横になったほうがいいよ」なんて声をかけてくれたり。すみれと寅さんが、泊まった旅館で打ち解けてきて、別れ際、「とらやを訪ねてけ」と言うでしょう? 渡されたマッチ箱に「葛飾柴又帝釈天」と書いてあるけど、すみれは読めない。そこを寅さんが教える場面は渥美さんの演技の真骨頂だと思います。頼りなげな私が心配で心配で仕方なく、階段を駆け下りて追いかけていくまで本当にユーモアいっぱいでした。