渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。
『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992年)
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葛飾柴又へ行かないマドンナ
この『寅次郎の青春』は、私が竹中直人監督の『無能の人』(1991年)へ出演した翌年の作品にあたります。おそらく、『無能の人』が得た賞の授賞式で山田監督と言葉を交わしたのがオファーのキッカケだったのかな、という気がします。
私が演じるのは、宮崎県の油津にある理髪店の女主人・蝶子。独り身で、身寄りは船乗りの弟・竜介(永瀬正敏)がひとり。土地に根付いているけど、少し淋しそうな女性ですね。他の作品と違うのは、蝶子さんは油津から葛飾柴又へ行かないという点でしょうか。マドンナといえば東京にいるか、地方から帝釈天へ訪ねていくかして寅さんやお団子屋さんのみんなと交流しますから。私は残念ながら、おいちゃん、おばちゃん、さくらさんたちとお喋りする機会がありませんでした。
出会いは近所の喫茶店。どこかにいい男いないかなと愚痴る蝶子さん。「その男この俺じゃ駄目かな?」と振り向く男が寅さん。カッコいいんですよね。
「ラブシーンみたい」と床屋での言われたシーン
ロケ地の油津は素敵な場所でした。海があり綺麗な入江があって、川が流れていて。そこに理髪店があるんですが、室内の場面はスタジオに凝った床屋のセットを組んで撮りました。撮影前に私も理容師さんのことを勉強して来たんです。沢木耕太郎さんとご縁があり、エッセイ集『ポーカー・フェース』でも触れられている三軒茶屋の床屋さんで手ほどきを受けまして。
寅さんがシャンプーやシェービングをする場面は、『寅次郎の青春』以外にないみたいですね。床屋での撮影に入る前、私にとって初のカメラテストを受けました。店内に光が差し、そよ風がカーテンを揺らして……。「あれ、ちょっとこれまでの『男はつらいよ』とは違う?」と感じました。どこか情緒があって、フランス映画の『髪結いの亭主』(90年)を意識したような……。渥美さんの髪に触れると、普段触られることがないのか、ビクッ! と身をすくませるリアルなリアクションをなさってて(笑)。続いて髭を当たるところは、「2人の距離が近くてラブシーンみたいだ」と仰る方もいます。そこは意識していませんでしたが、たしかにしっとりした雰囲気からそう見えるのかもしれませんね。