訓練展示後、場内に流れた空挺団による締めくくりのナレーションを紹介させていただく。

 陸上自衛隊は「いま正に戦って勝てる」そして「将来にわたって戦って勝てる」「強靭な陸上自衛隊の創造」を実現するため、陸上防衛力を抜本的に強化しています。そのような中、第1空挺団は常に国民とともに存在し、あらゆる困難な状況を克服しつつ与えられた任務を必成していきます。

 

「今日、我々の流す汗が、この先、我が国の生存と安定に直結し、ひいてはこの美しい国、日本を守る」という矜持の下、日々厳しい訓練に励み、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努めていくよう邁進してまいります。

戦後80年、天災による犠牲者数は戦災以上

 戦後80年、その間、我が国は幸いにも戦禍は免れてきたが、それに匹敵する犠牲者数を天災で出してきた。行方不明者や災害関連死まで含めると、阪神淡路で6400人、東日本で24000人、能登で500人以上の日本人が亡くなっているのである。これは昨今停戦となったガザの40000人、ウクライナの民間人も合わせた53000人には及ばないが、何年、何カ月にわたってでなく、たった1日ででるその数は戦災に匹敵、いやそれ以上である。

 その初期の人命救助に復旧復興の主力となってきたのが、陸海空自衛隊であることはもはや疑いを持つ日本人はおらんやろ。陸路が絶たれた能登半島孤立集落にも人員や物資を運び続けるのは900機以上の航空機を保有する自衛隊しかできんのである。

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厳しい環境下で人を救う技術と自信は、厳しい訓練から

 ただそんな自衛隊の第1の任は災害派遣でなく国防である。被災民を温める温食や屋外風呂を毎日提供できる装備も本来はなんにもない演習場で長期訓練を続けるため隊員の心身を健康に保つためなのである。昨年の能登、14年前の東日本、30年前の阪神淡路、大きな震災は不幸にも真冬に起こっている。そんな電気も水道もガスさえ途絶えた極寒の被災地で乏しい衣食住にもかかわらず、連日不眠不休で人命救助や復旧復興に当たれるのは、ふだんからかような「降下始め」などの戦闘訓練をつづけているからである。なんでそこまでがんばれるのか尋ねるや彼ら彼女らは口を揃えて言う、「普段の訓練のほうがよっぽどきつい」と。厳しい環境下で人を救う技術と自信はそれ以上の厳しい訓練からしか得られない。そのために戦闘訓練を続けているのである。

©宮嶋茂樹

撮影 宮嶋茂樹

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