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「ひきこさん」が私のトラウマです

――そんな朝里さんにも、トラウマになるくらい怖くなった話ってありますか?

朝里 私にとってのトラウマは「ひきこさん」という、口角と目尻が裂けた女性が雨の日にものすごいスピードで追いかけてきて、子どもを引き摺り殺すという話です。なんか、殺し方がやたら痛そうじゃないですか(笑)。初めて読んだ時に何とも言えず怖くなったのを、よく覚えています。

 

――この事典のすごいところは、巻末の索引のバリエーションが異常に充実しているところです。例えば「チェーンメール」についての怪異を調べるのに便利な類似怪異索引、「図工室」で遭遇する怪異を調べるのに便利な出没場所索引、さらには使用凶器索引、都道府県別索引まで。

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朝里 これを作るのは大変でした。でも、仕分けしたおかげで現代怪異のバリエーションが体系的にできたと思っています。

 

それは2ちゃんねるオカルト板の「きさらぎ駅」から始まった

――怪異が多く起きる場所の一つに「駅」があることも一目瞭然でした。でも、なんで駅が多いんでしょうね?

朝里 これはネット上で語られる怪異に「異界駅」の話が多いからです。最初に確認された異界駅は「きさらぎ駅」。書き込まれたのは2004年1月8日深夜から9日早朝にかけて2ちゃんねるオカルト板「身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ26」でした。ある女性が新浜松駅から某私鉄に乗っていると、いつもは数分間隔で停車するはずの電車が20分以上停まらないことに気付くんです。で、やっと辿り着いたのが「きさらぎ駅」。その後、女性の実況は続くんですが途切れてしまう……という。

類似怪異索引「異界駅の怪」の項目は27項目も!

――怖いですね。

朝里 それまでの怪異譚パターンでは、駅ではなく電車が舞台というものはあったんです。死者を乗せた「幽霊電車」と呼ばれる電車が、既に使われていない線路や電車が通っていないはずの時間帯の線路を走っていき、突然消えてしまうというものや、電車に死者が乗り込んでくるというような。ただフィクションの世界なら異界に繋がる駅という発想はあったようです。それこそ同じ幽霊電車でも、「鬼太郎」に出てくる幽霊電車は「骨壺」や「火葬場」など、乗った電車が次々と恐ろしい名前の駅に停まる様子が描かれています。ところが、「きさらぎ駅」以降、実際にあった話として、私も同じような体験をしたという告白がネットで数多くされるようになり、収録した「異界駅の怪」は27項目にもなりました。

 

――他にも「トイレの花子さん」に代表されるトイレや、エレベーターでも怪異に遭遇しやすいことが分かりました。

朝里 トイレ怪談は江戸時代から多いですね。厠の底から河童の手が伸びてきて人の尻をなでる、というような。水辺は異界に近いですから、妖怪や幽霊が出てきやすいんですよ。あと、密室という要素も大きいです。エレベーター、電車の中は逃げ場がないし、場合によっては一人になってしまうこともある。異界に紛れ込むと帰ってこられないシチュエーションとして、まあ、話が作りやすいというところはあるんだと思います。

 

――昔だと峠とか、山道とか。

朝里 ああ、そうですね。まさに鬼や天狗が現れやすい場所です。しかし、今年は天狗がすごいですね。天狗にさらわれた子どもの体験談が記録された岩波文庫の『仙境異聞』。もちろんよく知っている本でしたが、なんで売れているのか私も不思議です。