得体の知れないものの話は常にメディアの発展とともにある
――この事典で一番紙幅を割いた項目って何ですか?
朝里 「カシマさん」でしょうか。この怖い話は全国各地に広まっていて、ものすごい数のバリエーションがあるんです。松山ひろし『カシマさんを追う』という本によれば、「カシマさん」関連の最初の記録は1972年の『平凡パンチ』にまで遡るそうですが、噂が様々に変形していって語り継がれている。現代の古典のような話です。
――昔は噂レベルで、今だとネットを介して怪異が広がっていく。時代や形態は違っても、不思議な話、怪談というものはどうしても広がっていくというのが、面白いですね。
朝里 得体の知れないものの話は常にメディアの発展とともにあるんです。最初は口承文学の形で記録され、平安期の頃には文字に書き留める人が出てきた。近世ぐらいに入ると江戸や京都で作られた怪談が「怪談本」として流通し、それが地方では本当の話として広まりもする。明治に入って近代化が始まると、そういう話は迷信として排斥されますが、それを拾い上げ救おうとするのが民俗学で、『遠野物語』の柳田國男はその立役者の一人です。
――『遠野物語』といえば「座敷わらし」ですね。
朝里 先日、座敷わらしの最新版を見つけたんですよ! 「LINEわらし」。子どもたちがLINEグループの中で会話していると、誰も知らない子どもが一人紛れ込んでいるという話なんです。これ、5月の連休中に発見したもので、事典には収録できなかったんですよね。いつか改訂版出すときに、入れなきゃなりません(笑)。
「LINEわらし」はネットでは見つからない
――どうやって発見したんですか?
朝里 学校の怪談を集めた児童書です。子どもの間で出回っている怪談は、まずネットでは見つからないんです。子どもは基本的にネットに書き込みませんから。いっぽうで大人はネットやSNSに怪談や怪異を書き込む。でもネットの書き込みはすぐ採集しておかないと消えてしまうから、徹底してやろうとすると気が抜けない(笑)。本当に漁れば漁るほど、新しい怪談は出てきますね。
――これは底なしの世界に手を出してしまいましたね。
朝里 そうですね。それにこれだけ怪談の類を集めてしまうと、感覚が麻痺してしまいます。どんなに怖い話に出会っても、かつて「ひきこさん」に出会った頃のように純粋に怖がれないというか、楽しめなくなってしまいましたね(笑)。でも、在野研究者として、現代の怪異を集め続けていきたいです。科学技術が発展して、様々な現象が説明できる世の中になっても、不思議な話というのは人間の世界から消えることはなさそうですからね。
写真=吉川麻子