ベストセラー『ローマ人の物語』で知られる作家・塩野七生氏。自立を望む女性に、塩野氏から2つの提案があるという。
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女たちが活躍すべきということには、私とて大賛成。ただし…
だらしない男たちに代わって今こそ女たちが活躍すべきということには、私とて大賛成。ただしこれが言われ始めてから80年も過ぎているのにいまだにそれが現実化していないのには、われわれ女の側にも責任があることは認めるべきだろう。
まず、女たちの多くは、自立なんてしたくないと思っているのが本音であること。後妻業だけでなく養女業までが盛んになる一方の現状がそれを示している。わからないでもない。仕事をすることで自立するのがいかに大変かは、誰でも想像がつくことなのだから。社会的にも経済的にも上の男をモノにしちゃうという、手っとり早い解決法もあることですしね。
それでこれ以降は、これら手っとり早い解決法に訴えなくても仕事をすることで自立したいと考えている女たちへの、具体的で効果的でもある提案を書くことにしたい。
第一に、ほんとうにきちんとした仕事をするには、女の視点を前面に出してはできない、という現実を直視する勇気を持つこと。それどころか、男にでもなった気持でやらないと、真の仕事なんてできないのです。
ところがこれ一本で行くと、われわれ女の心の中にひそんでいる女の部分とのバランスがとれなくなる。とれなくなってしまうと、仕事面で発揮されるべき男の部分までが、堂々と発揮できなくなってしまう。それの解消に効果があるのが、次の第二の提案。つまり、仕事上では男をしても、相手が亭主でも愛人でも関係なく、私生活では徹底的に女になることなんですね。要するに、バカになるのが可能になる関係を築くこと。
こうなると、相手の選択が重要になる。わが貧弱な経験から言うと、自分自身に自信がある男が一番。社会的な立場も経済面での上下も関係ない。彼自身がきちんとした仕事をしてきたことで自信を築きあげてきた男は、ゆらいでいる女には寛大な気持で接することができるものだから。
作家としての私の最盛期は、『ローマ人の物語』を書いていた時期であったと思う。あの頃は、7万部の初版がまだ店頭に並ばない前から書店からの注文が多くて第二刷の印刷が決まり、1カ月足らずで10万部が売りきれた時代だった。1冊が3000円もしたのに、である。これを出版の世界では、「瞬間風速」と呼ぶ。瞬間風速は、5、6年はつづいたかしら。
にもかかわらず、この時期の愛人だった男は言った。しっかりと抱いていないと溶けてしまいそうだった、と。作品中での私は、完璧な自己制御ができていたはず。だが私生活ではバカ丸出しで涙もろくて、塩野七生もけっこう普通の女だね、と言われていたのだった。
※本記事の全文(約2300字)は「文藝春秋」2025年2月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(塩野七生「自他ともに、オリコウとされている女たちへ」)。
■連載「日本人へ」
第251回 木戸と大久保
第252回 「小人閑居して不善を為す」
第253回 魚は頭から腐る
第254回 宴(えん)のあと
第255回 殺し文句の効用について
第256回 自他ともに、オリコウとされている女たちへ <<今回の記事

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