強気の併願戦略を組んだがために想定外に不本意な学校にしか合格できなくて、入学してからも母親が学校の悪口を言い続け、学校ともトラブルを起こし、中1のゴールデンウィーク前に退学したという話を聞いたことがあります。
自分の努力の結果を否定され、通っている学校を否定され続けた子どもの気持ちを思うといたたまれません。それだけは絶対にしちゃいけないと、自分に言い聞かせました。実は、その子の気持ちが私にはよくわかるんです。私も自分の進学先を、母親からなじられ続けました。いまでもときどきなじられます。「あんな学校に行かせるんじゃなかった」と。
そんな私を、後悔と自己嫌悪の蟻地獄から救い出してくれたのは、夫でも母親でもなく、娘でした。子どもの中学受験を通じて、いろいろ成長させてもらいました。中学入試を終えて4カ月が経ち、娘がいきいきと学校に通っている様子を見て、いまの時点では、中学受験をして良かったと思えています。
中学受験を終えてまだヒリヒリとした痛みを胸に感じているときにこそ読んでもらいたいと思って、拙著『母たちの中学受験』を書いた。上記はその一部のエピソードを再構成したものだ。上記の母親Tさんは、中学受験ロスからどのように回復していったのだろうか。
「真っ黒になっていたオセロを、一つ一つひっくり返していくような作業」
おおた 「いまの時点では、中学受験をして良かったと思えています」と言えるようになるまで、お母さんの気持ちはどんなふうに変化していったのでしょうか。
Tさん 進学先の創立者の名前を聞いたときに、娘が「あっ、知ってる!」って。娘の中で、ポジティブなフラグがいくつも立ち始めたんです。この学校を自分たちにとっての正解にするというか……。そこからもう、私の中でも、真っ黒になっていたオセロの盤上を、一つ一つ白にひっくり返していくような作業を、緻密にやりました。
おおた 自分が歩むことになった道にある、いろんなちっちゃな大切なものを親子で拾い集めている感じですね。たくさんの不合格をくらって、娘さんも傷ついていないはずはないと思うのですが、結果を受け止めて、堂々と前に進んでいる感じですかね。学校に通っているご様子はいかがですか?
Tさん 楽しくてしょうがない様子です。結構ハードな部活に入ったんですけど、頑張ってます。部活で高校生の先輩と日常的にふれあえるのもありがたいですね。
おおた こんな未来が待っているのに、入試直後にどん底みたいに思っていたのは「何だったんだろう?」と思えてきますよね。
Tさん 本当です! いろいろ成長させてもらったなと思います。
第一志望合格をつかめるのはたったの3割。中学受験を終えたとき、多くの親の心にはほろ苦さと、いくつかの後悔が残っているものだ。そこで考えてみてほしい。タイムマシンに乗って過去を修正できたら、完璧な中学受験になるだろうか。おそらくそうはならない。なぜか。
修正された時点から分岐した「パラレルワールド」では、きっと別のところで別のトラブルやミスが起こるからだ。コロナに感染するかもしれない。入試直前に親子喧嘩が始まって最悪のメンタルで当日を迎えることになるかもしれない。現実世界では当たり前のようにうまくやれていたことが、「パラレルワールド」でうまくできるとは限らないのだ。



