「前史メモ」はあくまでも、別紙にこと細かに設定された開戦の背景と現在の状況を、コンパクトでわかりやすく共有するための文章だ。だが話題の流れは本編のナレーションと非常に近い。ここで記されたものをもう少しブラッシュアップしたものが、ナレーションとなったのではないだろうか。
観客を引きずり込む冒頭部
冒頭にナレーションが付け加えられた一方で、脚本の冒頭部分は絵コンテでばっさりとカットされている。
脚本の冒頭は、シャアがこれからサイド7に潜入する3人の兵士に、作戦の狙いを話すところから始まる。シャアのセリフを通じて、戦争が膠着状態であることと、連邦軍がV作戦と呼ばれる反撃のための作戦を準備中であることが語られる。
絵コンテは、これをカットした。そして、宇宙空間を進む3機のモビルスーツ・ザクの姿から第1話をスタートさせた。パイロットの呼吸音という想定(絵コンテのト書による)の特徴的な効果音とともに、静かにザクがコロニーに向かっていく。工事中のコロニーの底面にあるハッチから内部に入ろうとするザク。その時クレーンのアームがザクの肩にあたる。アームは正面のハッチの扉の方に飛ばされると、そのまま跳ね返って静かに外の宇宙空間へと流れていく。
脚本の段階ではサイド7の構造の設定ができていなかったのか、潜入シーンは外郭のガラスを割って入るというあっさりした表現で終わっている。それに対し、絵コンテはかなり丁寧にその過程を見せている。ここから感じられるのは、それまでのアニメにあった「宇宙シーン」よりももっとリアリティを感じさせる映像にしたいという意志だ。
宇宙へとそのまま流れていくクレーンのアームの描写は、そこが無重力空間であることと、大気などの摩擦がないため一旦動き始めたものは慣性の法則に従って減速しないまま飛んでいくということを表現しており、「そこが宇宙である」ということを強く感じさせる描写となっている。
また絵コンテのト書を見ると、コロニーに接近するザクのカットについて「サイド7の底面の壁が接近してきてぶつかりそうに見えるが、ぶつからない」という趣旨のことが書いてある。加えて「ましてザクの影などうつらない」とも書いてある。
これは宇宙空間に空気がないため、空気遠近法の影響がなく、非常に遠くのものもクリアに見える、ということを反映した描写であろう。巨大なコロニーの底面がクリアに見えても、それは実際にはザクから遠く離れている。だからそこに影が落ちていたとしても、小さすぎて見えないというわけだ。アニメの映像はパンフォーカスが基本なので、ト書の効果をダイレクトに実感できる映像になっているかというとそうではないが、そういうト書を書くところに富野の宇宙描写をどう演出するかへのこだわりが感じられる。
このこだわりは、ほかの部分のト書にも見ることができる。ザクがサイド7の底面に接触するカットでは、その動きを「触壁する」と書いているのだ。富野はこの「触壁」から線を引っ張って「こんなの造語です。(下りるのでもない、上がるのでもない)」と注釈をつけている。無重力空間だから上下がない、という点にちゃんとこだわっていることが、この造語を通じて伝わってくる。
第1話の冒頭のインパクトは、こうした宇宙描写の細部から生まれるリアリティだけではない。なにより重要なのは、脚本にあったシャアによるブリーフィング(事前レクチャー)をカットしたことで、観客を「進行中の状況の中」へと放り込むように物語を始めている点だ。この語り口が、本作にリアリティを与えている。

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。