熟練の技をデータ化する

 まず自動運転を実現するにはプラント自体がどのように動いているのかを、化学のプロセスとして、きちんと数式で解き明かしていくことが必要でした。ここまではコンピューターが得意とする領域です。

 しかし現場には数式だけでは解けない部分がたくさんありました。

 たとえば雨が降ると、気温が下がってしまい、精製途中の物質の生産速度が下がる。そういう日にオペレーターは、バルブを動かして生産量を調整します。この生産量の調整を間違えると無駄なエネルギーが発生し、生産コストが非効率な状態に陥るからです。しかし、これを自動化するとなると、台風直撃の日から猛暑の日まで、全天候に合わせた調整を数値化しなければなりません。

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 また、安全に停止させることも重要でした。化学プロセスは、急にストップすることができません。各工程で起きている反応をゆっくりと、バランスを取りながら止めなければ、大事故につながります。

 実際こうしたオペレーションは人間が絶妙な判断で行ってきたわけです。オペレーターがそのときに何を見て、何を判断しているのか、我々はじっくり観察しました。彼らの頭の中を覗くために、インタビューを重ね、熟練の技を言語化し、データ化することでシステムを構築しました。

 言葉にすると簡単ですが、非常に長いプロジェクトで、成果が出たのは5年ほど経った頃でした。それだけ困難な課題だったのです。

 このプラントの自動化は、コンピューターサイエンスと物理や化学の複数分野を横断し、機械とオペレーターの技を分析することで価値を生み出すことに成功した例だと言えます。真に有効なソフトウェアを作り出すには、ハードウェアを知り尽くし、人間の思考と職人技を徹底的に理解しなければ不可能なのです。

PFNの強みはハードとソフトの融合にある(画像はイメージです) ©アフロ

 逆もまた真なりで、ハードウェアを作るためにはソフトウェアを知り尽くす必要があります。

 PFNではディープラーニングを高速化するプロセッサーの研究開発を進めています。莫大な計算量を必要とするディープラーニングにおいて、計算の高速化は大きな課題です。一方で、高速プロセッサーを設計するためには、それにあわせてソフトウェアを工夫することも必要です。この二つがマッチすることで、ようやく速いプロセッサーができるのです。ハードとソフトを同時に開発することで、PFNは大きく成長できました。開発したプロセッサーは、先ほど紹介したスパコン「MN-3」にも採用しています。

※本記事の全文(約3500文字)は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年4月号に掲載されています(西川徹「パッションを尊重する教育へ」)。

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