賽は投げられた。まさに今、人類史は転換点にある――。東京大学大学院工学系研究科教授の松尾豊さんによる「チャットGPT時代の勝者と敗者」を一部転載します(文藝春秋2023年6月号より)。

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 昨年11月に公開された対話型AI「チャットGPT」が世界的なブームを巻き起こしています。大きな注目を集めている理由は、驚くべき性能の高さ、会話の対象範囲の広さにあります。

 従来の対話型AIは、こちらの質問の意味を汲み取れないことが多く、長く会話を続けることができませんでした。一方のチャットGPTは、インターネットから収集した大量のテキストデータを学習し、機械学習の一種である強化学習を上手く使っているため、より高度な会話が可能となったのです。その答えの精度にはまだばらつきがあるものの、どのような質問にも本当らしく回答ができ、冗談も言えてしまいます。

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 このようにAIが言葉を自由に扱えるとなれば、人間にしかできなかったことがいずれは次々と出来るようになる。チャットGPTの開発元であるオープンAI社と、ペンシルベニア大学の研究者らによる調査では、チャットGPTのような大規模言語モデル(大量のテキストデータを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデル)によって、全労働者のうち約19%の人は、業務の50%に影響が出る可能性があるとのことです。

チャットGPTの開発元、オープンAI  Ⓒ共同通信社

 AIが仕事を奪う可能性については10年ほど前から指摘されるようになりましたが、実力が過大評価される傾向がありました。私も「いやいや、さすがにそこまではあり得ません」と、事あるたびに否定してきた経緯があります。

 しかし、今回ばかりは「仕事が本当に奪われる」可能性を否定できません。チャットGPTの登場は、インターネットの発明に匹敵するくらいのインパクトを持っているのは間違いない。私達はまさに今、人類史の転換点に立たされていると言えるのです。

 チャットGPTは、米国の新興企業・オープンAI社が開発した大規模言語モデル「GPT-3」と、後継の「GPT-3.5」を基盤技術としている。昨年11月の公開以降、わずか2カ月で登録者数が1億人を突破した。今年3月14日には、画像入力にも対応する最新モデル「GPT-4」が公開され、有料会員のみが使用できる。

 そのブームは日本にも上陸した。4月10日には、オープンAI社のサム・アルトマンCEOが来日し、岸田文雄首相と意見交換をおこない、日本に新たな事業拠点を設ける方針を明らかにした。

 チャットGPTによって社会はどのように変わるのか――。AI研究の第一人者である松尾豊氏に話を聞いた。

結婚式のスピーチもおまかせ

 実際にチャットGPTを使ってどんなことが出来るのか。サイトにアクセスし、画面下の入力欄に「日本全体にイノベーションをもたらすにはどうすればいいですか?」と質問を書き込むと、瞬時に次のような答えが返ってきます。

〈日本におけるイノベーションを促進するためには、政府がより効果的な政策を推進し、起業家やビジネスに対する支援を強化することが重要です。また、教育システムを改革して、創造的思考や問題解決の能力を高めることも必要です。さらに、企業が研究開発に投資することを奨励することも有益です〉

松尾豊氏  Ⓒ文藝春秋

 見事に、教科書的な模範解答が返ってきます。これくらいのレベルの応答を、会話形式でおこなうことが出来るのです。

 入力欄に書き込むプロンプト(指示)を工夫すれば、できることの幅はさらに広がります。

 例えば、ネット上で話題になったものの一つに、仕事のタスク管理があります。自分が抱えているタスクをチャットGPTに書き込み、「私のコーチとして、仕事の管理をしてください」とお願いすれば、優先順位をつけたうえで、何から手をつければいいかを指示してくれる。さらに、結婚する2人の情報を書き込めば、結婚式のスピーチのアウトラインを書いてくれるし、新商品の内容を書き込めば広告文を考えてくれる。要望に応じてそれなりに整った文章を作ってくれます。