ホワイトカラーに激震
この技術が様々な場所で応用されれば、私たちの仕事のあり方が大きく変わることは容易に想像がつきます。まず、ホワイトカラーの日常的な業務のほとんどは、効率化・自動化されることになるでしょう。
現在、ホワイトカラーの業務の大部分は、他の人とのコミュニケーションや調整です。松尾研究室でも、外部から送られてきた情報を共有したり、ある事柄についての情報を調べて送ったり、スケジュール調整をおこなったりしています。そのために、毎日、膨大な量のメールをやり取りしているわけです。
こうした仕事は、複数の情報をまとめて加工・変換しているに過ぎず、しかるべき指示をすればAIがメールを仕分けて加工することで、共有したり、スケジュール調整をしてくれるようになるでしょう。
「上司に怒られないような文章」「部下のやる気が出るような文章」と文脈の指示さえすれば、あとは自動でメールの文面を生成してくれるサービスが登場するのは、そう遠い日のことではありません。
実際、米マイクロソフト社は「GPT-4」の技術を活用したAIアシスタント機能「コパイロット」を発表しており、同機能をワード、エクセル、パワーポイントなどのオフィス製品に搭載する方針を明らかにしています。パワーポイントにワードやエクセルの内容を読み込ませれば、「こんな内容のプレゼン資料を作って」と簡単な指示をするだけで、要点をまとめたパワポを作成してくれる。チームズ(マイクロソフトの会議システム)でオンライン会議をする際は、リアルタイムでおこなわれている会話を音声認識して、要点や検討するべき事項をまとめてくれるわけです。
言葉を生業としている点で、記者や編集者の業務も自動化や効率化が進むはずです。例えば、いま私が受けている月刊「文藝春秋」のインタビューであれば、取材中に音声認識の機能を使ってリアルタイムで文字起こしをして、文章をチャットGPTに読み込ませていく。「話を深掘りする質問を提案して」と事前に指示しておけば、話の流れを踏まえたうえで、質問案をいくつか提示してくれるようになるかもしれません。
インタビュー内容を記事にまとめる際も、構成の順序や表記の決まりなど、雑誌特有のルールをプロンプトに入れておけば、チャットGPTが自動で記事を作成してくれるようになる。
ただし、最終チェックは人間の手でおこなう必要があるでしょう。記事をチェックしたうえで、違和感を覚える部分があればプロンプトを微妙に調整していく。修正作業を繰り返したうえで、完璧な状態へと仕上げる作業は残っていくと思います。
議事録や資料の作成、メールのやり取りなどをAIが担うようになれば、ホワイトカラーにとって事務処理のスキルは重要ではなくなるでしょう。代わりにどのような能力が重要となるのか……現時点で想像するのは難しいですが、「問いを立てる力」「問題を見つける能力」なのかもしれません。つまり、マネージャークラスの人間が担っている高度な業務を、平社員全員がやる必要が出てくるということです。
その変化に耐えられない人は、ホワイトカラー以外の職種に流れていくことになる。例えばですが、接客業や職人など、人や物を相手にする仕事はチャットGPTに置き換えることは難しい。チャットGPTが得意とするのはあくまでも言葉と情報の世界なのです。
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松尾豊さんの「チャットGPT時代の勝者と敗者」全文は、月刊「文藝春秋」2023年6月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
チャットGPT時代の勝者と敗者