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一番勝ちたいと思っている4年生が雑用までこなす

 だが、部員として日常を過ごしていくうちに、その意図も少しずつ分かってきたと言う。

「だって単純に1年生の方がたくさん練習しないと上手くならないですよね。無意味なシゴキなんてもっての他。新生活にも慣れないといけない中で、上級生に絶対服従するとか、雑用までやるなんて勝つためにはまったく意味がないわけです。長い時間フットボールに打ち込んできて、一番勝ちたいと思っている4年生が雑用までこなすのは、合理的だし普通なんです。また、下級生もその姿を見ていますから、自分たちが上級生になったときは自然とそういうことをやるようになるんです」

 今でこそ、強豪の帝京大ラグビー部など、こういったシステムの組織は増えてきている。だが、30年近く前の“体育会組織”にあって、こういった形は特異なものだっただろう。

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「あとは『実力が同じ場合は下級生を使う』ことも徹底されていました。これも理由はシンプルで、下級生の方が伸び代が大きいから。『同じ実力なら頑張ってきた4年生を使いたい』という考え方もあるとは思うんです。でも、そこは“情”ではなく、勝つために必要な方法を選んでいたと言えます」

 勝利を求める合理性を佐野らに説いたのが、当時の京大アメフト部監督・水野弥一だった。水野の合理主義の礎には、「勝つために、選手自身が自分の頭で考えなければいけない」という思いがあった。

水野弥一監督の経営する学習塾に集った京大アメフト部の部員たち ©文藝春秋

 前述の篠竹元監督と並んで「カリスマ監督」と称されることも多いが、佐野はその見方は少し違う、と語る。

「水野さんは『自分はカリスマじゃないんや』と常々言っていました。もちろん謙遜もあるとは思いますけど、なにかを命令するというのではなく、とにかく選手に『考えさせる』ことを大事にしていたように思います」

実際の社会では正解があることなんてほとんどない

 佐野は、大学入学直後の1年生に対して水野監督が常々言っていた言葉が印象に残っているという。

「受験が終わったばかりの1年生に『お前たちはホンマのアホやで』って言うんですよ。みんな厳しい受験戦争になんとか打ち勝ってきた直後なので、『えっ』となる。でも、話を聞いていくと『入学試験には正解がある。でも、実際の社会での成功手法には正解なんてほとんどない。正解だけを追い求めることに疑問をもたずに、ただ勉強をしていたなんて、アホや』ということなんですね。要は決められた答えを探すだけじゃなく、自分で考え続けろというメッセージです」

撮影:尾川清

 そしてこの教えこそが、当時の京大アメフト部の組織力を生んだと佐野は考えている。

「極端なことを言えば、練習しないで試合に勝てれば一番良いですよね。楽ですし、簡単ですし(笑)。でも、もちろんそれでは絶対に勝てない。だから何かの練習をする。しかし、その練習方法に正解など一切ない。さらにそれを一生懸命こなしていれば相手が負けてくれるなんてことも絶対にない。

 じゃあどうするか。まずは相手を分析し、自分との差を理解し、その差を埋める為の手法を考える。自分の進化をチェックし、もしそれがダメなら別のアプローチを考える。このサイクルを続けていくことが成長につながるんです。つまり、自分との向き合いこそが重要で、結果が出たらそれが正解だったというわけです。だから自分の頭で考え続けないといけないということなんでしょうね」