「貴公はヒットラーの尻尾だな」

 小泉 アニメの中の政治といえば、ガンダムですかね。ファーストガンダムで、ジオン公国のロイヤルファミリーであるザビ家の末っ子ガルマが死んで、国葬となるシーンがありますよね。そこで兄ギレン総帥が追悼演説するじゃないですか。「国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!」とか。あれって政治じゃないですか。国民を煽動しているし。アニメの作中で追悼演説するって発想はそれまでなかったんじゃないかしら。

小泉悠氏 Ⓒ文藝春秋

 高橋 そこはそうですね。一方で地球連邦政府の政策決定システムは全くわからないんです。議院内閣制だと思われる描写が数回出てくるんですが正確な事は一切出てこない。昨年、監督の富野由悠季さんと対談する機会があったんですが、どうやら敢えて描いていないようですね。

 小泉 たしかに主人公が所属する連邦側のほうが政治の影が不在で、敵であるジオン公国のほうが、はっきりと政治体制がわかります。

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 太田 ジオン・ダイクンがジオン公国を建国し、それをザビ家が簒奪したという経緯も描かれています。

 ――ギレンといえば、自らが手に掛ける父デギン公王から「貴公はヒットラーの尻尾だな」と言われて「ヒットラー? 中世期の人物ですな」と返すシーンもありましたね。

太田啓之氏 Ⓒ文藝春秋

 高橋 ジオン政界は細かく描写される一方で、地球連邦軍は戦争という手段に出てまで「スペースノイド(宇宙居住者)の自治を阻止する」という過激な政策をとっている。これを誰が指導しているのか、全くわからない。ポピュリズムの指導者でもいるのかな。

――アメリカ独立戦争の歴史が反映されているのでしょうか。

 高橋 もちろん反映されていると思いますが、富野監督はあえて転倒させている気がしますね。ガンダムでは独立する側が民主主義ではなく独裁的で、独立を抑圧する側が民主主義なんです。これはアメリカ独立戦争と逆の構図ですよね。このねじれを『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』に至るまで描き続けている。一方的に「戦争犯罪を犯したザビ家」という烙印を押され、ザビ家側はそのスティグマによって、ずっと縛られ続けていく。この図式こそ、“ガンダム・サーガ”の面白さだと思います。

高橋杉雄氏 Ⓒ文藝春秋

※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年5月号に掲載されています(小泉悠×高橋杉雄×太田啓之「ガンダムが描いた戦争の「虚と実」」)。全文では下記の内容をお読みいただけます。
・平和ボケへの苛立ち
・アニオタと軍事オタクは重なる
・日本アニメは補給軽視で決戦主義
・兵器のロマン性が役立つことも