なぜアニメの中の「政治」はリアルでないのかーー。東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠氏、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄、朝日新聞記者の太田啓之氏の対談「ガンダムが描いた戦争の『虚と実』」から一部紹介します。

◆◆◆

「避難とは生活を捨てさせること」

 小泉 アニメオタクは、メカとか戦闘とか陣形がリアルといったことは、すごく評価するけど、政治や外交がリアルだという評論はあまり聞かないですよね。

 太田 政治を描いたのは、庵野監督の『シン・ゴジラ』でしょうか。国連の核攻撃を止めるためにフランスに手を回したり、米国を牽制したりする場面がありますね。アニメではなく、特撮映画ですが。

ADVERTISEMENT

大阪万博で展示された実物大のガンダム ©CFoto/時事通信フォト

 小泉 あの場面は、軍事用語で言うところの「大戦略」だと思います。外交ではあるし、ハイレベルな政治的営みではあるんですけど、イデオロギー的ではない。僕が思い出すのは、最後に昼行灯みたいな農水大臣が総理大臣代理になって、「避難とは住民に生活を根こそぎ捨てさせることだ。簡単に言わないで欲しいなぁ」って言うセリフ。ああいう言葉には政治の匂いを感じます。

 高橋 政治家を登場させることで政治を描いた気分になってはいけません。『シン・ゴジラ』では政治家は登場しても政治は描かれていない。戦争における政治の役割とは軍事力の目的を設定すること。しかし政治的合理性と軍事的合理性のせめぎ合いは現実の戦争でしばしば起こる。「クルスクに残っているウクライナ軍を下げるのか、現地を死守させるのか」といったことです。こうしたジレンマがアニメや映画で描かれることはほとんどないんです。

 小泉 大体、アニメの中の政治家ってチープなんですよ(笑)。

 高橋 そもそも政策決定過程への理解が浅い。『シン・ゴジラ』でも「総理レク、始まります」って閣僚同士で話し合いを始める。あれは総理レクとは言わないので戸惑いました。レクとは総理に官僚が説明することだから。そういう雑な描かれ方にはちょっとげんなりしてしまう。

 小泉 ただ、僕はゴジラが現れて、「巨大不明生物特設災害対策本部」が設置されたときに、真っ先にやるのがコピー機の運び込みだったところに痺れました。いろいろな役所から集められたメンバーがまず名刺交換するところもいい。あんな非日常の中でも、たぶん我々はああいうことをするから。

三氏が共著者となった新刊。表紙には1990年代の名作とされる押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』が採用された Ⓒ文藝春秋

 太田 あそこの椅子は貼られたシールにまでこだわったそうですよ。

 高橋 あれには異論ありません。当時役人仲間で観に行ったんですけど、本当にああいう椅子使うよねって言っていました。でも、やっぱり品川でヘリがアボート(攻撃中止)したのは理解できないけど……このへんは新書でも書いているので、読んでいただければ(笑)。