もう30年ほど前になりますが、お知り合いの方に子供が生まれて、名前をつけてくれと頼まれたんです。お父さまが「正」という字のつくお名前で、「それじゃ、私の幸の字をとって、正幸にしなさい」と言ったそうです。ご存知のように、孫に正幸がおりますのに、すっかり忘れていたんですね。頼まれた方がビックリして「よろしいんですか」と聞くとキョトンとしてしばらく考えてから、「アッ、そうか」と気がついたというんです。

 世間ではしきりに「かわいい孫に跡をつがせたいんだろう」とかおっしゃいますが、そんなことはまったくございませんでした。

事業、仕事が命の人

 本人が、家庭的にはあまり恵まれておりませんでした。両親とも早く死に別れておりますし、兄弟も早く亡くなりました。いつも一人だけで生きてきたという感じだったのでしょう。愛情をふんだんに注がれて育った人と、そうじゃない人というのは、おのずから違ってくるのではないでしょうか。

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「なんとつめたい人でしょう」と言う人もいらっしゃいますが、私は、父は事業、仕事が命の人なのだから、それは仕方がないことだなあ、と思うようになりました。愛情もなにも、すべてを全力で事業に投じた人でございました。

©文藝春秋

「ぜいたくはするな」「働いて得たお金で暮らせ」というのが、父の家訓のようなものでした。「もうかったものは社会に還元するものだ」とも言っておりました。それで申しますと、今回も、父の遺産を相続するということになるのですが、これが驚いたことに、節税対策というものを一切していないのですね。開けてみて「アレアレ」と思ったほどで、果たして税務署に信じてもらえるかしらと心配するほどに、何もしていないんです。不動産もほとんどありませんし、骨董などもありません。99パーセントは株でございまして、株の場合は、時価で評価されますので、まあ、ずいぶん税金をおさめさせていただくことになろうかと思います。

 このコラムは、いまなお輝き続ける「時代の顔」に迫った『昭和100年の100人 リーダー篇』に掲載されています。

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