その橋へ向かう途中、イズミくんは母親が運転する車とすれ違い、咄嗟に隠れている。そして30分ほどかけて橋まで歩くと、スマートフォンを橋の上に置いた。イズミくんのスマホには家族にGPSで位置情報を知らせるアプリがインストールされていた。
「スマホを置いたのは、(位置情報を共有しているアプリで)見つけて欲しかったからです。僕が行方不明のまま帰ってこなかったりしたら、親が悲しむだろうなと思ったからです。それに、スマホは高価なものなので壊したくない気持ちもありました。橋の上では『車から見られないようにしないと』と5分くらい考えていました。葛藤も少しはあったと思います」(イズミくん)
イズミくんが橋の上に着いたとき、母親は自宅近くのスーパーで買い物をしていた。何気なくイズミくんの位置情報を確認すると、橋の付近を示していたという。
「おかしいとは思ったんですが、塾に行っているはずの時間でしたし、『位置情報がずれているのかな』と思いました。念のためLINEもしたのですが、既読になりませんでした。家に戻っていたイズミの姉も『塾に行ったんじゃない?』と特に気にする素振りはありませんでした。とりあえず塾が終わる19時まで待ったのですが、帰宅するはずの時間になっても帰ってきません。胸騒ぎがして塾まで迎えに行ったらイズミの幼馴染に『きょうは塾に来ていなかった』と言われました。それでGPSが示している橋に行きました」(母)
母親が橋に近づくと、水量が少なくなっていた川の中洲の中央付近にイズミくんが倒れているのが見えた。母親は動揺して泣きながら橋の上から警察に電話をし、救急車も要請した。
「周囲を見渡しても橋の下に降りられそうな場所もなく、パニックになりました。生死がわからないので、とにかくパニックで、『助けて』と叫んでいました」(母)
イズミくんはそのとき、少し意識があったという。
「橋から落ちてしばらくは気絶していたんですが、一度目を覚まして10分ぐらいは意識がありました。生きていることがわかり、あらためて死にたいと思いました。眠れば死ねると思い、また目を瞑って寝ようと思いました。
痛みもあって眠りに落ちずにいたのですが、しばらくすると母が僕の名前を叫んでいるのが聞こえました。その後、どれくらい経ったのかわかりませんが救急車が来たのがわかりましたが、意識がボンヤリしていてあまり覚えていません」(イズミくん)
「今後、後遺症が出る可能性があり、覚悟してください」
母親がイズミくんを探すために連絡した知人から父親にも伝わり、父親も職場から現場に駆け付けた。その後、イズミくんは到着した救急車で病院に搬送された。両親は救急車に同乗することが許されず、父親の車で大学病院へ向かった。
「一命は取り留めたものの、病院では『今後、後遺症が出る可能性があり、覚悟してください』と言われました。日付が変わった頃に緊急手術が終わり、わずかな時間でしたが、面会が許されました。
『イズミ!』と呼びかけるとすぐに目を開け、焦点はあっていなかったんですが、すぐに私だとわかって体を寄せようとしてきました。私は泣きながら『生きててよかった。みんな待っている』と声をかけるのが精一杯でした。気持ちの整理ができないままで、泣くことしかできませんでした」(母)
その後、イズミくんは集中治療室に1カ月にわたって入院し、その後はリハビリ病院に転院した。
前日まで元気だったイズミくんが急に自殺未遂を起こしたことにショックを受けた両親は原因の解明に乗り出した。しかし待っていたのは、長い苦難の日々だった。

