もう1つ重要な気づきは、ダイヤの遅れが生じると、次の停車駅までの区間で運転士が遅れを取り戻すために、速度を時速100キロから120キロの高速で走行させる傾向があることだった。

 木下は、こうした電車の走行の実態を、2年間にわたって記録し続け、その結果を、一度JR西日本の社長宛に手紙に書いて提出し、安全性の危機感を訴えた。しかし、受け取った返事は、「列車ダイヤは安全性を十分に考慮して編成しています」という、一般的な説明をしてあるだけだった。

 それでも木下は、無理なダイヤが運転士のヒューマンエラーの大きな要因になっていたはずだという思いを強く抱き続けた。そして、2009年の暮れ近くなって、4・25ネットワークの要請をJR西日本がようやく受け入れ、課題検討会が開かれることになった時、淺野に4・25の代表メンバーに入ってほしいと声をかけられると、2つ返事で承諾したのだった。

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脱線しマンションに激突した車両 ©時事通信社

過密ダイヤの落とし穴

 5月24日の第6回課題検討会は、まずダイヤ担当の課長が、配布した資料に沿って、ダイヤの作り方の概要を、「これは事故調に提出したものと同じ資料です」という枕言葉を付けて詳しく説明した。

 ダイヤの編成作業は、旧国鉄時代から高度なプロの世界の仕事とされてきた。大都市圏では、通勤電車に特快、快速、各駅停車などの種類があって、各停の電車はしばしば途中駅で特快や快速に追い越されるのを待たなければならない。

 長距離の特急や急行を走らせる時には、一般の電車をどこかの駅で待機させなければならない。線路が合流するところでは、電車の優先順を調整する必要がある。電車加速性能は、車種によって微妙に違うし、停車駅間の線路にカーブが多いか少ないかによって、区間走行時間に違いが生じる。

 列車ダイヤは、こうした様々な条件をしっかりと考慮に入れて作成しなければならない。しかも、そこに経済性の要請という条件が加わる。乗客の多い通勤時間帯には、運航させる電車の間隔を可能な限り短くして、運転本数を増やすとともに、同一地域を走る私鉄との競争に勝つために、高速化(JR西日本は速達化と称した)を可能な限り追求したのだ。乗客を増やすことは、営業成績を大幅に向上させることになる。