達人たちが作るダイヤは、科学的に合理性があるとされた
これだけ多くの条件を満たす列車ダイヤの図表は、横軸に取った時間の経過に対し、縦軸に取った一列車ごとの速度の変化を示す(駅出発後の加速による上昇曲線、最高速度の若干デコボコのある水平線、減速による下降曲線、駅停車中の速度ゼロの経過)が、無数と言ってもよいほどに、ほとんど重なり合うほどの密度で描き込まれている。それは、まるで精魂込めて描かれた“芸術的作品”と言ってもよいような図になっている。
そのような列車ダイヤを作成する担当者は、プロ意識が強く、専門外の社員の目には、まるで別格の達人のように映るのだ。だから、そういう別格の達人たちが作るダイヤは、科学的に合理性があるとされ、言わばアンタッチャブルの世界になっていた。
その世界に、門外漢の木下が大胆にも切り込もうとしていたのだ。ただ、木下はランカーブの理論闘争ではなく、連日電車に乗って実測したダイヤの実態を“武器”にしての闘争だった。
ダイヤ編成課長による説明で、特に強調されたのは、列車の一区間を走るに当たって必要とされる時間の幅「所用時分」というものは、「基準運転時分」「余裕時分」「停車時分」によって構成されているという基本的な事柄だった。
「基準運転時分」とは、線路の曲線部や直線区間などによって決められている速度制限とか車両の性能によって作成された区間内の運転時分のこと。
単なる目一杯の計算値でなく、1~2秒程度から時には10~20秒もの「ゆとり」を加えて設定されるという。(「ゆとり」は、はっきりと秒数で明示されるものでなく、「基準運転時分」の中に含まれているという説明がなされているだけのものだ。)
「余裕時分」とは、駅での乗降客の混雑で停車時間が長引いたり、線路の工事で徐行を余儀なくされたりした場合に備えて、所定のダイヤの範囲内で運転できるようにするために、予め設定してある秒数のこと。運転士には明示されている。
「停車時分」とは、駅で停車している時分のこと。一般の人々が予想する時分よりはるかに短い秒数が設定されている。混雑する長いところで1分30秒、短いところでは15秒程度と、予想していた値より短時間の停車になっている。
会社側は、こうしたダイヤの作り方に従うなら、ダイヤはほとんど遅れることなく運航されると考えていて、それを「定時運転」と呼んでいるというのだ。
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