まだ一度も世に出ていない事実を表に出すことがやりがい

 メディアの報道は大きく「発表報道」と「調査報道」の2つに分けることができる。「発表報道」とは、警察や検察、役所といった当局の発表を受けて報道するタイプ。ストレートニュースともいう。日々のニュースの大半は発表報道で、「東京都内の民家で住人が襲われた事件で、警視庁捜査1課は強盗致傷容疑で男を逮捕した」「厚生労働省が公表した人口動態統計によると、2024年の出生数が初めて70万人を割る公算が大きくなった」などは、その典型だ。

 一方、当局に頼らず、独自取材でつかんだ事実を報じることを「調査報道」という。調査報道では、「毎日新聞の取材で判明した」などと、自社のクレジットを付けて報じるため、確固たる証言や客観的な資料が不可欠だ。そのためには、取材対象の組織内部にネタ元がいなければ成立しない。取材のハードルは高い上、長期間取材しても記事になるか分からない。相手から訴えられるリスクなどもあることから、敬遠されがちである。

 そもそも事件記者の仕事の大半は、発表報道、調査報道にかかわらず、時間も体力も気力も使うことが多い。取材対象者が仕事を終えて帰宅するのを待ち構えたり、朝の出勤時に自宅から出てきたところで声をかけたりして情報を聞き出す、いわゆる「夜討ち朝駆け」は基本の「き」。

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 最初から、気持ちよく喋ってくれる人などいるはずもなく、半年間「おつかれさまです」「バカヤロー。来るなって言ってるだろうが」の応酬を繰り返したこともある。肉体的にも精神的にもきつく、担当を避けたり、担当になっても辞めてしまったりする記者も多い。

 当時、入社して15年。記者を続けるうちに、まだ一度も世に出ていない事実を表に出すことにやりがいを感じるようになっていた。また、理不尽な事件に巻き込まれた人の死や、事件解決に向けて捜査に励む捜査員に心が揺さぶられることが何度もあった。これまで夜討ち朝駆けに何千時間費やしてきたのか分からない。

写真はイメージ ©beauty_box/イメージマート

取材を開始すると社内からストップが…

 今回、捏造とまで言われた捜査の過程で人が亡くなっている。そして、自身の組織内での立場を顧みず捜査を批判した警察官がいる。関係者から話を聞き、隠された捜査の問題点を明らかにするのに、自分以上にうってつけの記者はいないと思った。

 公安部の内情を探るべくさっそく取り組んだのは、捜査員のフルネームを調べ、自宅の住所を割り出す「ヤサ割り」と呼ばれる作業だ。今回の不正輸出の捜査を担当したのは、警視庁公安部外事1課5係。約20人の部署だが、人員が毎年少しずつ入れ替わるため、捜査に関わった捜査員は50人に上る。

 今回「まあ、(事件は)捏造ですね」や「捜査幹部がマイナス証拠を全て取り上げなかった」と指摘した2人の警部補以外にも批判的な捜査員は間違いなくいるだろう。これまでの経験から、ヤサが割れた捜査員を片っ端から当たり、感触のいい人に夜討ち朝駆けを繰り返せば、捜査の内情を聞けるという自信があった。

 ところが、これからという時に、社内で取材にストップがかかった――。

 そして、その後、捜査員から初めて話を聞くことができたのは、冒頭の捏造発言から4カ月も経った10月。序盤の取材はすっかり他社に先行されていた。

 またか――。

 すぐそこに取材対象者はいるはずなのに、取材が進められない。組織のふがいなさ、それに対する怒りを感じるよりも、真実に迫れないことが記者として許せなかった。

 この感覚は初めてではなかった。以前から取材を続けている、ある事件のことが浮かんだ。

次の記事に続く 「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか

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