大川原化工機事件とはどのようなものだったのか

 カップラーメンの粉末スープや、インスタントコーヒー、抗生物質。身近な製品が今回、事件の核となった噴霧乾燥器と呼ばれる機械で製造されていることはあまり知られていない。

 噴霧乾燥器は、液体を霧状に撒いたところに付属のヒーターで熱風を送り、水分を蒸発させて粉末にする機械だ。別名スプレードライヤとも呼ばれる。食品、医薬品、洗剤に始まり、顔料、染料、電子部品に用いられるセラミックスまで、あらゆる製品の製造過程に使われる。

 一方で、悪用すれば生物・化学兵器の製造に転用される恐れがあり、国際的には2012年、国内では13年10月から輸出規制の対象になった。ただし、全ての噴霧乾燥器の輸出が禁じられているわけではなく、特定の要件を満たす機械が規制対象となる。

ADVERTISEMENT

 従業員は約90人と中小企業の規模ながら、国内ではこの機械のリーディングカンパニーとして知られる大川原化工機が、警視庁公安部の家宅捜索を受けたのは18年10月。

 そして、その約1年半後の20年3月。任意の捜査に協力してきた大川原化工機にとって青天の霹靂とも言える事態が起きる。

写真はイメージ ©show999/イメージマート

大川原化工機の社長ら3人を逮捕・起訴→突然の起訴取り消し

 大川原化工機の社長ら3人は、経済産業相の許可を得ず噴霧乾燥器を中国に不正輸出したとして、外国為替及び外国貿易法(以下、外為法)違反で逮捕・起訴された。5月には、別の型の機械を韓国に不正輸出したとして再逮捕され、翌6月に追起訴された。

 驚くのはこの先だ。東京地検が、初公判のわずか4日前の21年7月30日、突然起訴を取り消した。起訴取り消しとは、そもそも法律に違反する犯罪事実がなく、無実だったということを意味する。裁判所が有罪、無罪の判決を下す前に起訴したはずの東京地検が白旗を上げたのだ。

 起訴取り消しは極めて異例で、地検だけでなく、東京高検、最高検を含め、検察組織全体としての判断になる。

 唐突に下された決定に対し、大川原化工機の大川原正明社長(76)、元取締役の島田順司さん(72)、そして、長期にわたる勾留の中で体調を悪化させ、保釈請求も認められず、被告の立場のままこの世を去った元顧問の相嶋静夫さん(享年72)の遺族らが、真実を明らかにするために起こしたのが、今回の国と東京都を相手取った裁判だった(※年齢は2025年5月末現在)。

 その裁判のさなかで飛び出したのが、現職警察官による「捏造」発言である。

 罪を犯したと疑われた人が捜査機関に逮捕、起訴され、裁判にかけられる「国家権力VS.個人」という構図の刑事事件とは違い、民事事件は主に「個人VS.個人」の争いだ。賠償請求額は1円から、弁護士を付けなくても誰でも裁判を起こせるため、判決が出るまでどちらか一方に肩入れした報道をすることはほとんどない。

 しかし、現職警察官2人が捜査を批判し、うち1人は捏造とまで言い切った。この証言は重い。「捏造」とだけ聞いても、どれだけ深掘りできるかはとっさには量りかねたものの、ただ判決を待つのではいけないと感じた。公安部内で捜査当時何が起きていたのかを独自に検証する必要がある。明らかに局面が変わったと思った。