黒澤明の『七人の侍』作戦で連載にゴーサイン

 その後、本格的に連載に着手することになり、連載班のデスクが、私の自宅がある京都まで来ることになりました。まだ何も打ち明けておらず、私が取った作戦は、序章にあたる「宣戦布告」を先に書き上げて、デスクが新幹線に乗り込むタイミングでメールを送りつけることでした。考える隙を与えたくなかったんです。それに「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえれば、こっちの勝ちですから。

 ■<序章 宣戦布告>から一部公開

 

 よく聞け、匿名性で武装した卑怯者ども。

 

 SNSなんてなくなればいいのにな。えっ、ダメ? 余計なこと言うなって? そうだよなぁ。やっとおまえら権力者になれたもんな。炎上させて誰かが何かを諦めたときに、社会を変えてやったと実感できるもんな。そうやって表面的な正義感で研いだナイフで、悪意の塊でつくった毒で世直ししてるもんな。

 

 やっぱり俺は週刊誌とおまえたちを赦せない。

 

 だからやってやるよ。俺には俺の、ケジメのつけ方ってもんがあるんだよ。

 

 これから重罪認定した八十三人の氏名、年齢、住所、会社、学校、判明した個人情報の全てを公開していく。

 

 八十三なんて数字は氷山の一角に過ぎない。だが、図に乗ってると、次はおまえの番になるから肝に銘じておけ。

 

 明日にはおまえたちの人生はめちゃくちゃになっている。

 

 せめて今日を楽しめ。あばよ。  (本文より一部抜粋)

 黒澤明の『七人の侍』作戦です。この作品は、予定されていた制作期間と制作費が超過してしまい、早期完成か打ち切りを迫られていたのですが、黒澤が粗編集の試写を映画会社の幹部に見せたところ、「面白過ぎて続きを見たい。お金がかかってもいいから作ってくれ」と言わしめて世に出た映画です。

 実際にデスクからは、「面白いから、これでやりましょう!」と言ってもらうことができました。週刊文春って意外と懐が深くて、王道のジャーナリズムというよりも、「何でも面白がる」精神が根付いているように感じます。でなければ、週刊誌連載で週刊誌批判をするなんてできないでしょう。

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膨大なメモや資料をもとに執筆 ©文藝春秋

 3年かけて書き溜めたメモを使い果たした本作ですが、伝えたいという気持ちを超え、読者の方々と物語を共有したいと思ったのは、作家になって初めてのことです。読んでいる間に腹を立てたり、罪悪感を覚えたりするかもしれませんが、「自分はいかに悪意と向き合うか」を考えずにはいられない、迫真の小説を目指しました。思う存分「現代」を味わっていただきたいです。

踊りつかれて

塩田 武士

文藝春秋

2025年5月27日 発売

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