SNSで広がった批判
赤松 この映画について台湾の友人に感想を聞くと、実はあまり評判が良くないんです。それは、かつて政治犯として告発された人やその家族は、いろんな複雑な思いを抱えながらも生きてきた。なのに、このようにフィクションで簡単に制裁を加えてしまう、復讐するということがショックだという感想が多かったんです。
チョン・モンホン監督自身は、自分は白色テロの当事者ではないと明言されているわけですが、この映画では加害者側も描こうとした。それは現在の台湾社会への信頼があってのことだと思いますが、結果的には色んな批判を受けている。
吉川龍生(以下、吉川) 私も台湾で、現地の若い知り合いと一緒にこの映画を観たのですが、彼らは実はあまり観る気はしなかったと言っていました。それはSNSで評判が悪かったせいで、でも終わった後には観て良かったとも言っていました。日本人が観ると娯楽作品としてすごく面白く感じるのではないかとも思いますが、やはり台湾の人が見た時にいろんな感想が出てくるのでしょう。フィクションという手段を使って、この問題をオープンな議論にして乗り越えていけるのではないかと監督は考えたのではないかと思います。
【不可解な連続殺人、何者かに拉致された老人、数多くの登場人物たち……幾重にも伏線が張り巡らされたサスペンス大作であり、娯楽作品として大いに楽しめるが、台湾での興行成績は良いものではなかったという。】
リム・カーワイ(以下、リム) 僕は、チョン・モンホンの映画が大好きなんですが、彼の映画はまだ日本で一般公開されていないんですね。『余燼』は台湾を代表するスターがたくさん出ているオールスター映画で、製作費も破格の1億台湾ドル超の大作です。
彼の映画は近作の『ひとつの太陽』『瀑布』などはヒューマニズムの映画ですし、それ以前はアクションやホラーなどのジャンル映画の形を踏まえて、人間の面白さを撮ってきたと思いますが、今まで政治のことは語ってこなかった。今回は白色テロをテーマとして今までと違うわけですけれど、スタイルはやっぱりエンターテイメントあるいはジャンル映画です。とても面白いサスペンス映画だと思いますが、先ほどお話があったようにネットで強い批判がされていますね。
台湾はまだ白色テロの渦中にある
赤松 台湾社会はまだ白色テロの渦中にあって、タイトルにある「余燼」のように燃え尽きていないということだと思います。たとえば白色テロの記録は、まだ全てが公開されているわけではありませんが、すでに公開されている中から、大学の先生や一緒に授業を受けていた仲間の中にも実は当局のスパイがいたというようなことがどんどん明らかになってきています。それが明らかになると人間関係にヒビが入ってしまう。監督はフィクションの形なら対話できる段階になっていると思って今回の作品に挑まれたと思うんですけれども、社会はまだその段階に至っていなかった。

