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売れないときは常連さんの顔をちらっと見る

糸井 対人関係が苦手な人は難しそうですよね。瞬間的に相手と結ぶのは、すごい才能がいると思う。人間関係は頭の良さだから。

中溝 でも常連がつくと結構、絆が強いんじゃないですか。ドームではシーズン最終戦になると、今日で最後だからと言って、超買いまくる人を見たことある。

入江 そういうお客さんもいらっしゃいましたね。

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中溝 常連さんに対しては、特別な思いが出てくるものですか。

入江 ありがたい気持ちがとてもあります。6回、7回になってくると、売り上げのペースが落ちて来る。たとえば樽の中に残り3杯分がある、でもなかなか売れない、どうしようというときには常連さんの顔をちらっと見ると、残りを買ってあげるから新しい樽を取ってきな、みたいな。

糸井 阿吽の呼吸だね。

中溝 売り子さんはみんな制服を着て、ビール会社を背負って働いているじゃないですか。売り子さん同士はどうなんですか。

入江 争いという面では、他のメーカーよりも内部のほうが……。やっぱり順位が可視化されますので。

中溝 それって、控え室かどこかに?

©文藝春秋

入江 はい、次の日に更衣室に貼り出されます。杯数と順位と名前と。

中溝 杯数の少ない子はビールから外されてしまったりもする?

入江 ビールから外されたり、ウチの場合は2カ所ほど歩かなくていい定位置があって、そこに回されたりします。あとは必然的にシフトにも入れてもらえないとか。

中溝 選手登録抹消(笑)。じゃあ、なるべく売り子さん同士も上の順位を目指して。

入江 切磋琢磨というのはたぶんすごく良い言い方で、わりとドロドロしてました(笑)。

糸井 なんか、アメリカのミュージカル映画の踊り子たちみたいだね。

「それは恋心ではないのかな」

中溝 上の世代で何歳くらい?

入江 当時、いちばん年上の方で35歳だったかな。子どももいらして。

糸井 それはすごいな。売れるからいるんだろうね。

入江 その方は週の上位をずっとキープされてて、雨の日もぶれないんですよ。

中溝 巨人で言ったら亀井善行みたいな立ち位置。

入江 売れないと、7回くらいでも「あがっていいよ」と言われてしまうんです。なので売り子の数もだんだん減ってきて、売れる子だけが残される。

中溝 すごいシビアだな……。

入江 悩んだ時期もありました。私が初めて売り子に入った日が、オープン戦の雨の日だったんですよ。

糸井 キツイな〜(笑)。

入江 そのときは31杯しか売れなくて、順位も下から3番目。樽1個で17杯なので、樽2個分以下ですから、こんなところで続けていけるのだろうか、と思って。でも逆にそれが良かったのかもしれないですね。

中溝 じゃあ、最高の403杯のときは20回以上も往復を。そんなにしんどい仕事を2年丸々続けられたというのは、しんどさを超える何かがあったんですか。

入江 すごくありました。私は順位と売り上げを気にしてたので、それを更新できた日は嬉しかった。お客さんとのコミュニケーションや関係性もありましたし。ある日、タオルを忘れたことがあって、雨が降ってきたときに、いつものお客さんが「これを使いな」と新品のタオルをわざわざ売店から買って来てくださったんですよ。

糸井 それは恋心ではないのかな。

入江 ではないと思います(笑)。応援して下さってたので。