朝と夕方で声質を変える

声のトーンにも気を配る。

朝の渋谷駅に向かう人には、語尾を上げて「いってらっしゃいませ!」と元気よく、夕方の吉祥寺駅は「お疲れさまでした」と落ち着いたトーンでアナウンスする。Xにも「疲れて帰ってきて、井の頭線の『お疲れさまでした』のアナウンスを聞くと癒される」と言った反響もあり好評だ。

季節に応じた一言を添えることもある。

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沿線では、井の頭線は東京大学駒場キャンパスをはじめ、教育機関が集まる文教地区でもある。沿線で入試がある日は、駅到着前にアナウンスで「受験勉強お疲れさまでした。頑張ってください」などと受験生にエールを送る。

また、沿線では、4月上旬に神田川沿いや井の頭公園の桜が、6月中旬には浜田山駅から西永福駅の線路沿いなどでアジサイが見頃を迎える。「少しでも和んでもらいたい」とアナウンスで知らせている。

ただ桜やアジサイの見ごろを案内するだけなら、自動音声でもできる。金親さんのアナウンスが人の心を打つのは、そこに細やかな心遣いがあるからだ。

駆け込み乗車をする乗客に“まさかの言葉”

真夏の暑い日、ドアを開け放して停車した時は「暑い中、お待たせいたしました」と一声添える。また、急いで列車に乗ろうと走ってくる乗客には「焦らなくて大丈夫ですよ」と優しく声をかけることも。

当の本人は「自分では全然特別なことをしているつもりはないんですけどね。一生懸命に走ってくる人を見ると、つい言ってしまうんです」と控えめだが、日々定時運行のプレッシャーと戦う車掌として、なかなか言える言葉ではない。

余談だが、筆者は電車の中で「駆け込み乗車は周りのお客様のご迷惑になりますので、絶対におやめください!」などと強い口調のアナウンスを聞くと、自分が注意されたわけでもないのにいたたまれない気持ちになってしまうことがある。

もちろん、駆け込み乗車は危険で、許されることではない。乗客の安全を担う列車長である車掌として、時に厳しい態度も必要だ。しかし、アナウンスを通じて伝わってくる車掌の隠しきれない感情が、乗客に伝播してしまうこともあるように思う。優しいアナウンスは、車内トラブルを抑制するという意味でも有効なのかもしれない。