映画やアニメもよく見るといい、最近のお気に入りは『葬送のフリーレン』。同作中、旅の途中で困っている人におせっかいを焼き続けた勇者になぞらえて、「私のしていることは、勇者ヒンメルなら当然することですよ」とニヤリとする。

あえてアナウンスは後輩に継承しない

こだわるのは日本語だけではない。実は、金親さん、英語も堪能だ。

「子供が英会話を辞めることになり、ポイントが余っていたので、それじゃあと“駅前留学”したんです。当時はラグビーワールドカップや東京オリンピックパラリンピックも控えていましたので、どこかで英語を使うこともあるかもしれない、と。ただ、ポイントを無駄にしたくないだけの貧乏根性ですけどね(笑)」

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実際、ある夏の日に、英語で熱中症啓発のアナウンスをしたところ「そんな風に言ってもらえたのは初めて」と外国人乗客から感謝の声が寄せられたこともあるという。

これまで車掌として弟子を育てることもあったというが、これまで紹介してきた金親さんならではのアナウンスを教えるつもりはない、ときっぱりという。

「まず車掌は安全確認など一連の基本動作がきっちりできているということが最も大切なんです。私のやっていることはあくまで個人プレーな面もありますから、あえて余計な情報は入れないようにしています」

現在56歳。車掌としてのキャリアの終着地点を、どう描いているのか。

「井の頭線がワンマンカーに移行する最後の日まで、車掌としてやっていけたらな、という願望はあります。最後の瞬間に立ち会えたらいいなと思っています」

最後に「車掌の仕事の魅力は?」と聞くと、「ガラス越し、マイク越しではありますが、お客さまと対話ができる。そこに尽きるんじゃないでしょうか」と語ってくれた金親さん。

人手不足が深刻化するなか、省力化が進み、人の手から機械に仕事が移行していくのは当然の流れだろう。しかし、何を省き、何を残すべきなのか。金親さんのように、人を観察してその気持ちに寄り添い、言葉をかけるという人ならではの力は、より大切さを増していくのではないだろうか。

市岡 ひかり(いちおか ひかり)
フリーライター
時事通信社記者、宣伝会議「広報会議」編集部(編集兼ライター)、朝日新聞出版AERA編集部を経てフリーに。 AERA、CHANTOWEB、文春オンライン、東洋経済オンラインなどで執筆。2児の母。
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