車内トラブルを減らす効果も

その点について金親さんに聞いてみると、「今にして思えば、という感じですが……」と前置きしながら、思いを語ってくれた。

「人が他者に対して厳しい態度をとってしまうのは、自分の中で余裕がない時だと思うんです。そういったときに、こちらの声掛けで気持ちに余裕を持っていただき、周りのお客様に対しても優しい気持ちで接していただけば車内のトラブルも減るのかな、と。

あとは、自動音声が普及したことで、かえって耳慣れない車掌の声に、より聞く耳を持ってもらえるという効果もあるように思います」

ADVERTISEMENT

そんな金親さんの温かみのあるアナウンスに「元気をもらった」「温かい気持ちになった」と、HPやお客様センターなどを通じて多くの称賛の声がよせられている。

時には、運転士による放送だと思い込み、乗客が運転士に「アナウンス、素敵でした」と声をかけることもあるそう。当の運転士は「自分じゃないんだけどな」と気まずい思いをしてしまうのだとか。

「勇者ヒンメルなら当然することですよ」

金親さんは「言葉って、力を持っていると思うんです」と言う。

「悪く使えば刃となり、時に命を奪ってしまうことさえありますが、反対に元気づける力もある。情報を伝えるだけなら、AIや自動音声でも十分事足ります。ただ、行間や言葉の裏にある思いを伝えるには、人間の言葉でないと難しいのかな、と。日本に古くから残る古典文学のように、人間が紡ぎ出す言葉は、時間超えて残るくらい印象深いものだと思うんです」

日常生活の中でも、“いい言葉”に常にアンテナを張り、使えそうな言葉はメモを取る。同僚の車掌アナウンスでも、心惹かれたものはマネをして取り入れることも。

また、ジャンルを問わず本もたくさん読むといい、最近何を読んだのか伺うと、デンマークの哲学者キェルケゴールの『死に至る病』や、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの『自省録』など硬派なタイトルをすらりと挙げる。