数々の優れた警察小説を世に送り出してきた著者による本作は、謎解きの醍醐味を味わえるだけでなく、人の奥底を暴き立てる連作短編集である。
警察官を定年退職した主人公である百目鬼巴(どうめき・ともえ)は、非常勤の交番相談員として活動している。見た目はどこにでもいそうな女性でありながら、その洞察力や推理力は県警上層部も一目置いているほどである。
こうした書き方をすると、交番で勤めている彼女が地域社会の人々の悩みを解決する物語と思うかもしれないが、主人公は決まった交番で働いているわけではなく、非常勤であるがゆえに人手が足りないところに派遣される。各話の語り手は交番勤めの警察官やその関係者であり、各交番に派遣された他者である百目鬼はわずかな情報から事件の真相にたどり着いてしまうのだ。張り巡らされた伏線がすべて回収されて真相へとつながっていく過程は秀逸であり、本書の魅力の一つである。
多くの地域には交番が存在し、我々が警察官を目にする機会も多い。それにより警察官を警察官として記号化し、個人性を消去してしまいがちになる。しかし当たり前のことだが、警察官も人であり、個々に感情を持ち、行動している。つまり警察官もまた市井に生きる人間なのである。
その彼らの視点で語られた各話では、事件の真相にたどり着くたびに犯行へと至った経緯や心理状況を把握することができる。組織の中で厳格に存在するルールを前提にしながら、刹那的に感情が発露し、行動してしまうやるせなさと虚しさは記号化された先に存在するのではなく、我々が普遍的に共有しうるものである。明確な悪意や嫉妬を持って起こされた事件だけでなく、善悪や功名心によるものも描かれ、善悪二元論ではない、人の感情の複雑さを痛感してしまう。
そして最後まで読んだとき、百目鬼が冒頭で述べている「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがないから」という言葉が響いてくる。
初出:山形新聞 2025年6月8日掲載
