大ヒットした『教場』をはじめ、数多くの警察小説を書いてきた長岡弘樹さん。
新発売した新刊『交番相談員 百目鬼巴』は一味変わった警察小説で、主人公は警察を退職後、嘱託で「交番相談員」として働く初老の女性です。
彼女が探偵役となって警察内部の悪を見通すこのシリーズは、どのようにして書かれたのか? そして、長岡さんの書く小説は、なぜ「警察内部にある悪」を描けるのか。このシリーズの成り立ちから、長岡さんに話を聞きました。
――今回、警察職員のなかでもやや特殊な位置づけにある「交番相談員」を主人公にしようと思った理由はなんだったのでしょうか。
長岡:「交番相談員を主人公にした連作をやろう」という構想が最初にあったわけではありませんでした。
百目鬼が初登場したエピソードは「裏庭のある交番」で、2021年の秋に『オール讀物』にて企画された警察小説特集のために書いたものです。これを構想しているとき探偵役のキャラクターを作る必要に迫られ、「普通の警察官ではありきたりだから、ちょっと違う立ち位置の人がいいな」と考えました。そこでぱっと思いついたのが交番相談員だったのです。
この時点では、彼女は一作きりの登場人物で、シリーズの主人公にする考えはまったくありませんでした。
その後、2023年の春に同誌で再び警察小説特集が企画され、また私も参加させてもらうことになりました。このとき、現編集長の石井さんから「百目鬼を再登場させては?」とのご提案をいただきました。「その手があったか」と思いつつ取り掛かったのが2作目の「噛みついた沼」で、それを書き上げた時点でようやく百目鬼がシリーズキャラクターになったという次第です。
――主人公の百目鬼は、県警本部の各部署を渡り歩き、現役時代には県警の上層部から一目置かれていた女性です。今回、主人公を女性にしようと思った理由はありますか? また、「百目鬼巴」という名前はかなり特徴的ですが、どのようなイメージで決められたのでしょうか。
長岡:「警察にいるお母さん」とでも呼べるキャラクターにしたい。そう思ったことが女性にした一番の理由です。「裏庭のある交番」で初登場させたときから、「交番員にとっての、優しくて頼れるお袋」といったイメージが頭にありました。
命名するにあたっては、「優しいお袋」キャラとはわざと反対の、いかついイメージの名字にしようと考えました。そのとき真っ先に浮かんだのが「百目鬼」だったのです。私が住んでいる山形市にそういう名称の温泉がありまして、以前から恐ろしい字面だと感じていたせいかもしれません。
「巴」については、名字と釣り合うくらいの迫力を持っていること、という条件で選んだものだと記憶しています。