――経験豊富な百目鬼が、交番で若手警察官に向けて語る「警察官として働くうえでの教訓」「あるある話」も実態に即していてとても興味深かったです。こういった教訓のようなものは何を参考に書かれているのでしょうか。

長岡:文献や取材から得た知識が半分、「百目鬼という人物ならこう言うだろうな」という私の想像が半分、といったところです。

 こんな話を聞いたことがあります。あるベテラン警察官が非番の日に自家用車を運転していたところ、バックミラーの中にいきなりパトカーの赤ランプが見え、サイレンの音も突然聞こえてきたので驚いた。パトカーはずっと前から背後にいたのに、なぜそれまで気がつかなかったのか? それは、長年自分がパトカーを運転していて、サイレン音を聞き慣れ、パトランプも見慣れていたせいで、パトカーというものが意識の中でただの風景と化してしまっていたから、というわけです。

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 こういう、警察官という仕事が実感として読者に伝わるようなネタも、これからエピソードの中に盛り込めていけたらいいなと思っています(そうです、百目鬼シリーズはまだ続く予定なのです)。

――本作には「警察官」であり、ある事件の「犯人」である、という人が出てきます。私たちは「警察官」は「取り締まる側の人である」「信頼できる人である」と思いがちですが、長岡さんがそれに縛られない理由はあるのでしょうか。

長岡:以前、『教場』シリーズなどの警察小説を書くにあたって、多くの警察官の方々に会い、取材させてもらいました。そうした交流を通して、強く認識するようになったことがあります。それは何かというと、彼らはたしかに「取り締まる側の信頼できる人」には違いないが、それ以上に「普通の人間」なのだ、ということです。

 普通の人間なんだから、つい悪事に手を染めたり、保身に走ってしまう場合だってあるよなあ、と。実際に警察官と対面するうちに、そういうことが肌で感じられるようになったのです。警察官=聖人君子といった考えに縛られないのは、そうした取材経験のためだと思います。

 これは警察OBから聞いた話ですが、キャリアとして採用されたものの、刑事になりたい気持ちを捨てきれず、いったん退職してノンキャリアとして入り直した人もいるそうです。警察にはガッツのある人が多い、というのも取材を通して得た実感の一つでした。