――百目鬼巴の信条として「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがない」というのがありましたが、彼女がこう思うに至った現役時代の経験について、長岡さんのなかにはすでに設定があるのでしょうか?
長岡:百目鬼はかつて非常に優秀な刑事だったという設定なのですが、それでも長い現役生活の中で、幾つか失敗もしているはずです。もしかしたら「刑務所送りにした犯人について、捜査し直してみたら実は無実だと分かった」といった、取り返しのつかないほど大きな誤りを犯したことさえあったかもしれません。
「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがない」と彼女に言わせたとき、私の頭に何があったのか忘れてしまいましたが、おそらく百目鬼は、そうした自分の苦い過去を思い出し、かなり自嘲気味にその言葉を吐いたのではないでしょうか。
――百目鬼は警察の人間でありながら、杓子定規に法律に従わず、自分のなかの倫理観で物事を判断しているように見えます。主人公をこのように柔軟で、融通のきく人間にした理由はありますか?
長岡:現役警察官時代の彼女は、何でもかんでも杓子定規に法律に従わなければならないことに、不満や違和感を抱いていました。そこで、交番相談員となったいまは、今度はもっと自由にやりたいようにやってみよう、と思っているのです。どうせいったん辞めた身だから、と吹っ切れた気持ちにもなっています。
そういう設定ですので、自然、読者の目には柔軟で融通の利く存在として映るのだと思います。
きっと百目鬼は日々、「警察官人生を生き直す」というつもりで相談員の仕事をしているのではないでしょうか。
――最後に、百目鬼巴は自分では調査をせず、人の話を聞いて謎を解く、いわゆる「安楽椅子探偵」に近いと思いますが、長岡さんがお好きな安楽椅子探偵はいますか?
長岡:信じられないかもしれませんが、百目鬼が安楽椅子探偵であることを、いまのいままで少しも意識していませんでした。なるほど、たしかに交番からほとんど外に出ないのですから、アームチェア・ディテクティブですね。
どうして私にそういう意識がなかったかというと、安楽椅子探偵の形式がそれほど好きではないからだと思います。なぜ好きではないかといえば、この形式はたいてい台詞だけで進みがちで、伝聞情報ばかりが多いからです。それは私にとっては退屈な書き方です。
ですからこのシリーズでは、百目鬼が推理をする前に、まず探偵の相手役を動かし、その場面を直接的に描写するように心がけています。
話を戻すと、苦手な形式なので読んだものも少なく、ぱっと思い出せるのは『隅の老人』、『黒後家蜘蛛の会』、『退職刑事』といった昔の有名どころぐらいです。敢えて好きな安楽椅子探偵を一人上げるなら、『ボーン・コレクター』のリンカーン・ライムでしょうか。彼の目になって現場で動くアメリアという助手がいて、二人で一組になっているというアイデアが素敵ですね。

「百目鬼巴」初登場作!
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