他人への支配欲や征服欲が背後に

 竹田 取材対象者は人間ですし、記者も人間ですからね。そういう葛藤の中から、いずれ「準公人」の判断も、自然と変わってくるんだろうと思います。

 塩田 こう話している間に変わる可能性もある。追いつめられる被害者をなくすためには、どうすればよいか。匿名のSNSのやりたい放題を抑制するには、一つは名誉毀損の厳罰化とか、賠償額の増加という流れになると思うのですが、いかんせん数が多すぎる。やはり、誹謗中傷やフェイクニュースが社会悪である、公害であるという認識を共有して、理想に向かって進んでいくことが大事なのかなと。

 竹田 誹謗中傷、フェイクニュースももちろんですが、私は特に「何でもすぐに排除しようとする機運」に断固ノーと言いたいですね。何かあるとすぐハッシュタグをつけて「不買」を煽り、スポンサー企業の一覧を載せて抗議を呼びかける(やから)がいます。編集部でもいつも言ってるんですけれど、記事でタレントのスキャンダルを報じる時、「この人はCMで使うべきじゃない」「役を降りるべきだ」みたいな書き方は絶対しないように気をつけています。記事で誰かの行為を批判的に書くことはあっても、当人の人格まで否定するつもりはないし、「退場させよう」「辞めさせよう」などとは考えてもいないんです。「じゃあ書くなよ」と言われると辛いのですが、このことはしっかりと申し上げておきたいです。

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 塩田 SNSにはすぐ「不買」「文春廃刊」などと圧をかけたがる人がいて、決まって正義をふりかざしますよね。正義を語る人って、実は自分が気持ちよくなりたいだけなんじゃないか。他人に対して優位に立ちたい支配欲、征服欲が背後にあるんじゃないか、ということも、『踊りつかれて』で書いたつもりです。

キャラクター設定や時系列など綿密なメモを作る ©文藝春秋

 竹田 連載中、塩田さんの怒りをひしひしと感じました。特に冒頭の「宣戦布告」を書いた人物の造型は魅力的ですね。大事な人に対して誹謗中傷をおこなった連中の個人情報を調べ、ブログで晒し、他方で自分の身元も隠さず、名誉毀損で告訴させる。警察の出頭要請を拒否して、あえて自らを逮捕、起訴させて、公開裁判までもっていく。理知的で行動力があります。

 塩田 僕自身、SNSの誹謗中傷を見ると腹が立ってしかたがなくて、現実にこの人物と同じことをする人が出てきてもおかしくないと思いながら書いていました。これは決して僕だけの怒りではないはずで、フィクションの形で世に問うことで、少しでも現実を変えることができたらいいなという気持ちがあります。

 小説家として常に「虚実の間に立とう」と思っていますが、今作ほど現実とリンクしている感触をもちながら書いたことはありませんでした。この作品を書くならここ、と思い定めていた週刊文春で連載できたことも嬉しかったです。

 竹田 『踊りつかれて』は、私たちに向けても厳しい問いかけがなされる、考えさせられる作品です。そして、何よりもスリリングで面白い! 今日はありがとうございました。

(2025年5月14日、文藝春秋にて)

踊りつかれて

塩田 武士

文藝春秋

2025年5月27日 発売

最初から記事を読む 『踊りつかれて』を上梓した社会派作家・塩田武士さんが直撃。「芸能人は公人なのか?」「不倫・恋愛報道いつまで続ける?」