連載の最終回は、高級腕時計販売の最前線で活躍する百貨店のバイヤーをゲストに招き、市況、トレンドそして展望を鼎談形式で語り合った。参加メンバーは、「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ」に2年連続おもむいた日本橋三越本店 営業統括部の岩元氏、今年初めてスイス見本市取材を行った文藝春秋・間嶋、時計業界取材を30年弱続けるフリーランス編集記者の数藤の3名。
間嶋:高級時計の世界は、常に変化し続けるトレンドと、時代を超えて受け継がれる価値観が交錯する魅力的な市場です。まず、バイヤーとして2年間高級時計のマーケットを見てきて、現在の状況・傾向をどのようにとらえていますか?
岩元:私がファッション=服飾部門から時計部門に異動して来た2年前は、コロナ禍を経て一度ピークに達した市場がある程度落ち着いてきた段階でした。しかしありがたいことに、直近2年間、日本橋三越本店では売上数字が2桁成長を続けました。ただ、時計業界はこれまで価格改定によって売上規模を拡大してきた側面があります。もちろん商品のクオリティや魅力は格段に向上していますが、数量自体は大きく増えることなく為替の影響などもあって単価が上昇してきた。このため、新しい時計ファンのお客様が気軽に購入できる価格帯の時計は減っていますね。
「30代のお客様に勢いを感じます」
数藤:顧客の年齢層や、購入する時計の価格帯に変化はありますか?
岩元:日本橋三越本店では、人数ベースでは30歳代のお客様が最も増えています。昨年も一昨年も、その年代による高単価商品の購入が増えており、パテック フィリップなどの高額な時計も、実際に購入される30代のお客様は多いです。百貨店を主な購買チャネルとされるお客様の中では、現在30代が最も勢いがあると思います。
数藤:それは、IPO(新規公開株式)などで経済的に成功された方々なのでしょうか? また、共稼ぎのいわゆる “パワーカップル”の方々でしょうか?
岩元:ご自身で起業された方や、医師、弁護士、税理士といった専門職の方が非常に増えています。
間嶋:個別のブランドについてもお伺いしたいのですが、日本橋三越本店での売れ筋ブランドや価格帯、人気商品について教えてください。
岩元:売上金額ベースでは、ロレックスやパテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、オメガなどが売れ筋のブランドとなります。本数ベースになるとカシオの「G-SHOCK」やセイコーなど国産時計が人気です。
数藤:やはりスイス時計の代名詞、ロレックスは強いですか?
岩元:ロレックスは安定した根強い人気がありますね。特に「デイトナ/サブマリーナー/GMTマスター」の引合いが強い。最近は、ご自身が本当に欲しいモデルと出会えるまで、複数回ご来店いただくお客様も非常に増えていますね。
数藤:商品の全体的な供給状況はいかがでしょうか?
岩元:高級時計の供給本数が増えたということはないと思います。ただ、さまざまなブランドで“本当に欲しいお客様”の手に渡るように多様な取り組みをしているので、意中の時計を購入して長く愛用する方に届きやすい態勢にはなったと思います。
「パテック フィリップは圧倒的人気」
間嶋:スイス製腕時計の最高峰ともいわれるパテック フィリップの状況はいかがですか?
岩元:パテック フィリップは圧倒的な人気を誇るブランドです。ただ、価格帯が他のブランドとは一線を画しており、購入できるお客様は限られます。メンズでは「ノーチラス」や「アクアノート」は変わらず人気ですし、入荷を楽しみにされているお客様も多くいらっしゃいます。また、その他のブランドでも人気モデルは楽しみにされて何年も待っている方も多く、供給が限られている状況です。
数藤:ドレスウォッチ系はいかがですか? 例えばパテック フィリップの「カラトラバ」などは?
岩元:「カラトラバ」は人気です。私自身もパテック フィリップを買うならカラトラバが一番ほしい。ドレスウォッチがお好きな方はカラトラバが最高峰だと考えていらっしゃる方が多く、探されている方は多いですね。
間嶋:スクエア(長方形)ケースの「CUBITUS」の動きはどうでしょうか?
岩元:このモデルは、ステンレススチールで600万円台からという商品ですが、それでもパテック フィリップならではのブランド力で人気があり、多くの方が探されています。エントリー(購入希望登録)も多数いただいています。ウォッチズ・アンド・ワンダーズでは、より小型の40mmケースのモデルも発表されました。小型化されたモデルはゴールドケースのみなので1200万円以上ですが、非常に人気があります。
間嶋:同じく売上金額上位のヴァシュロン・コンスタンタンの印象は?
岩元:ヴァシュロン・コンスタンタンは今年270周年を迎え、記念モデルも発表されています。日本橋三越本店のワールドウォッチフェアでも、1階のステージで展開する予定で、非常に人気があります。特に人気なのはやはり「オーヴァーシーズ」。「222」のようなモデルも大きな話題となりましたし、今回の270周年記念モデルも、これ見よがしな限定モデル感を打ち出さない、ヴァシュロンらしい奥ゆかしさがあってさすがだと感じました。歴史と技術力のあるブランドであり、愛好家の中では三大時計ブランドの一角として確固たる地位を築いており、探されているお客様は多いです。
「時計好きの女性顧客が増えています」
間嶋:高級腕時計を求める女性の顧客は増えていますか?
岩元:ヴァシュロン・コンスタンタンは、レディースモデルの引合いも強いです。若くしてキャリアを積まれている女性がお一人で来店して、レディースの「オーヴァーシーズ」を購入されることもあります。A.ランゲ&ゾーネの「リトル・ランゲ1」を女性がお一人で買いにいらっしゃったこともあります。当店はセンスの良いお客様が多いと感じます。
間嶋:時計専門ブランドにとって、女性向け市場では宝石をあしらった“ジュエリーウォッチ”が競合になるとよく聞きます。日本橋三越本店には必ずしもジュエリー系ではない時計を購入する女性も多いのですね。
岩元:ありがたいことに、当店には心底時計がお好きなお客様が多くいらっしゃいます。また、時計サロンのみに立ち寄るお客様も実は多いのが特徴です。通常、百貨店にいらっしゃるお客様は、時計を見た後に洋服や食品などもご覧になることが多いのですが、時計サロンのお客様には時計だけを購入して帰られる方も見受けられます。そんな時計愛好家の期待にお応えするために、独立時計師の作品、知る人ぞ知るブランドなども数多く扱っています。
あと、グランドセイコーは勢いがありますね。スイスの時計ブランドの幹部が来日し、話をすると「グランドセイコーはどうですか?」」と、売れ行きや顧客からの評価を必ず聞いてきます。品質や精度はもともと高かったですが、ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブに日本ブランドとして初めてブースを出して、世界での認知度もかなり上がってきたと思います。
間嶋:時計業界は全般的に高額品の動きがいいという話を聞きますが、実際の売れ筋の価格帯は?
岩元:最も数が売れるのは、やはり100万円台、200万円台の商品です。以前は100万円を切っていたモデルが、価格改定によって100万円台に乗ってきているという状況もあります。
「ケースの小径化とスポーツウォッチ人気は定着」
数藤:去年から今年にかけて、小径ケースの時計が数多く登場しました。店頭でも小型化の傾向は感じ取れますか?
岩元:はい、強く感じます。ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブに行く前から、小型化が一段と進むだろうと予想はしていましたが、実際、ほとんどのブランドが小径化の傾向にあります。元々43mmだったケースを41mmにしたり、今回初めて38mmや39mmまで小型化したという商品が多いです。A.ランゲ&ゾーネは34mmケースを出しましたね。あれには驚きました。
数藤:小型化の理由はどのあたりにあると考えていますか?
岩元:技術力を見せるためという側面と、ファッションのトレンドが影響していると思います。セレクトショップのスタッフなど、ファッション感度の高い方々がアンティークウォッチを提案される中で、昔の36mm程度の小径時計が注目されています。古着や昔ながらのディテールを持つ服に関心を持つ方が増える中で、それに合わせる時計として、機械の性能よりもデザイン的に小さなものが好まれる傾向があります。また、今年の新作でミラネーゼブレスレットが多かったのも、アンティークウォッチから着想を得ていると思われます。
数藤:夫婦やパートナー間で、時計を共有・シェア利用するといった傾向はありますか?
岩元:はい。クリスマスシーズンには「シェアウォッチ」というテーマで売り場作りや顧客提案をすることもあります。時計は元々ジェンダーレスなアイテムですが、時計市場は圧倒的に男性のボリュームが大きいので、時計メーカー側も女性顧客を取り込むために小型化して男女でシェア使いできるようにしている。また、メンズの時計をおしゃれに着けこなす女優や著名女性が増えていることも影響していると思います。洋服もメンズのものを女性が着るのが当たり前になっていますね。ファッションのトレンドが少し遅れて時計にも来ている。日本人は手首が細いので、時計の小型化は好ましい傾向だと思います。
「人気の文字盤色は、黒、白、青」
間嶋:文字盤の色=ダイアルカラーのトレンドは最近どうでしょう?
岩元:結局のところ人気なのは、黒、白、青です。これはずっと変わりません。メーカー/ブランドはさまざまなカラーダイアルを発表しますし、新作として話題にはなりますが、基本的には普遍的で長く使えるものが好まれますね。時計をたくさんお持ちで、ファッションに合わせて文字盤を選ぶ、といった感度の高い方以外にはやはり黒、白、青が圧倒的人気です。
数藤:一時期、ラグジュアリースポーツウォッチ=“ラグスポ”が全盛でした。服装のカジュアル化とともに数が増えたスポーツウォッチは相変わらず人気ですか?
岩元:トレンドというよりも、もはや定番商品になったという感じです。購入されるお客様の用途としては、「夏場は汗でレザーストラップが傷むからブレスレットのスポーツウォッチが良い」といった声や、最近はスーツをかっちり着こなす方が減っているので、「クラシックなレザーストラップの時計よりも、Tシャツにも合わせられるスポーツウォッチがほしい」といった声もあります。お客様ご自身の服装や用途に合わせて選ばれているという印象です。
数藤:三針、二針のシンプルなドレスウォッチは人気が落ち着いてきているのでしょうか?
岩元:いえ、そんなことはまったくありません。日本橋三越本店は圧倒的にドレスウォッチが強いです。そのため、ドレスウォッチに強みを持つブランドの扱いが多いのも事実です。レザーストラップを金属ブレスレットに交換できるタイプもありますし、当店の売れ筋・定番はドレスウォッチ。人気の一部ブランドのスポーツモデルはそもそも供給が追い付いておらず手に入りにくい、という状況の影響もありますが。
間嶋:ケース素材についてはいかがですか? ゴールドとステンレスでは価格帯も異なりますが。
岩元:購入されるお客様の数では、当然ステンレスケースの方が多い。価格が手に届きやすいということもありますが、人気モデルなど、二次流通での価格上昇を加味してステンレスモデルを探されているお客様もいらっしゃいます。ただ、ご自身のステータスに合わせて購入される富裕層のお客様は、「ゴールドケースがいい」「プラチナを買うよ」と迷わずおっしゃいますし、購買力によっても異なりますので、どちらがどうとは一概には言えません。
「7月末からのワールドウォッチフェアにご期待ください!」
数藤:最後に、今年の展望と商品展開を教えてください。
岩元:日本橋三越本店では自分たちで買い取って販売するというビジネスは行っておらず、基本的にはブランドの直営店や代理店さんとの連携になります。そのため、直接の仕入れは行いませんが、4月の新作発表会などに同行し、「これが売れるだろうから、これを展開しましょう」といった形で提案をしています。
今年のテーマとしては、「周年ブランド」が非常に多いので、「歴史」をテーマに1年間展開していこうと考えています。そのため、周年記念モデルや、先ほどお話しした小型化されたモデル、昔の時計のディテールを踏襲したミラネーゼブレスレットのモデルなどを強化しています。また、認定中古も新たに始めており、ワールドウォッチフェアの期間中には、「フランク ミュラー」の認定中古や、「クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ」というオランダの天文時計専門ブランドの認定中古などを販売する予定です。
新作だけでなく、現在廃盤になっているモデルを各ブランドから譲っていただき、「ヴィンテージストック」として1点限りで販売する企画も予定しています。「ブレゲ」や「パネライ」など、さまざまなブランドから集めて展開する予定です。どうぞご期待下さい!
INFORMATION
【 第28回 三越ワールドウォッチフェア】
会期:2025年7月30日(水)~8月26日(火) 午前10時~午後7時
会場:日本橋三越本店
本館6階 ウォッチギャラリー/ジュエリーギャラリー/本館1階 ステージ/本館1階 宝飾
出品ブランド数:約60ブランド
Text: Ken Sudo Photo: Atsushi Hashimoto
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