僕はすぐ花を咲かせたが、世間という逆風に見舞われた

 宮城谷さんの言葉で、ひときわ忘れがたいものがあります。

「すぐに綺麗な花を咲かせる木は、地中で根がしっかり張っていない。なかなか花が咲かない木は、見えないところで根を張り巡らせ、少々のことでは決して折れない」

 ああ、これは宮城谷さんご自身のことをおっしゃっていたのではないか、と後に思い至りました。僕はすぐに花を咲かせたけれど、世間という強風に見舞われた。根っこがやはり弱かったのでしょう。背水の陣で溺れかかっていたときに、僕は、中国史に出会いましたが、実際、背水の陣で勝った軍なんてほとんどないのです。

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 深く感銘を受けた僕は、長い間売れずに下積み生活を続けていたある芸人さんに、この言葉をそのまま伝えました。そして、その後、彼は見事ブレイクを果たしたのです。すっかり売れっ子になったその人から、「あの時、吉川さんの言葉に勇気をいただきました」と感謝され、あれは俺のセリフではなく、宮城谷さんの言葉だよ、と笑ったものでした。それくらい、言葉には力がある。人を生かしもするし、殺しもするのです。

 

近道をする者は大道には戻れない

 三十代のはじめに中国史に出会い、今年八月に(かん(れき)を迎えます。一昨年には、映画『キングダム 大将軍の帰還』で、(ちよう)の総大将である(ほう(けん)を演じるために一カ月山に(こも)りました。原作での龐煖は身長五メートルもあろうかという大男。怪物的な“武神”を演じ切るために、七十一キロから八十六キロまで体重を増やし、山中で巨大な矛を振り回す特訓に明け暮れました。医師の友人には、「普通車は何十年も乗れるけど、スポーツカーはすぐ(はい(しや)になる。それと同じでアスリートは早死にするんだ。お前みたいな生き方は、身体も筋肉も心臓も(こく使()しているんだぞ」と言われます。

 実際、五十五歳の時には心臓の手術を受け、志半ばで仲間たちが相次いで倒れていき、自分の残り時間は常に意識しています。しかし、楽な近道だけはしたくない。最近も、奥田民生くんと「Ooochie Koochie」というユニットを組むにあたり、音楽理論を一から勉強し直しました。遠回りしてでも、どれだけ時間がかかっても、「本物」に辿り着きたい、という強い欲望が自分の中にあるんです。近道をする者は大道には戻れない。これもすべて、歴史と宮城谷さんから教わったことです。

歴史の活力 (文春文庫 み 19-50)

宮城谷 昌光

文藝春秋

2025年7月8日 発売

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