文藝春秋電子版(現・文藝春秋PLUS)で連載されたジャーナリスト・秋山千佳氏による「ルポ男児の性被害」。追加取材を加え、今年7月に『沈黙を破る 「男子の性被害」の告発者たち』として一冊の本にまとまった。連載当時、驚異的なアクセス数を記録した塚原たえさんの記事から一部抜粋してお届けします。
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母は笑って見ていた
姉弟に共通していたのは「大人は助けてくれない」という認識だった。2人とも感情を顔に出すことは滅多になく、言葉にすることもなかった。
姉弟間でのコミュニケーションは、アイコンタクトが基本だった。
数少ない子どもらしい情景として、姉弟でテレビの前に並んで座り『8時だヨ! 全員集合』を観たことがたえの記憶に残っている。「面白いね」と笑っていると、父親が不機嫌になり「こんなの観てるんじゃねえ」と言い出した。姉弟はいつものようにアイコンタクトを取って、居間から離れた。
父親が留守にしていて姉弟でキャッチボールをした日のこと。帰ろうとすると、父親の車が戻っていた。2人とも足がすくみ、近所の墓地へダンボールを持っていって隠れた。
「子どもって無力じゃないですか。逃げたくてもどうしたらいいのかわからない。だからその時はダンボールに隠れて『ここでずっと2人で生活しようね』と言いました。当然すぐ見つかってしまったんですけど。弟とはお互いの辛さがわかるぶん、助け合いの気持ちがあり、姉としては本当に逃してやりたかった」
和寛が裸で屋外へ放り出された際、たえが木戸の枠の壊れた隙間からバスタオルなどを渡して「逃げな」と言ったことがある。和寛は渡されたものをまとって逃走したが、すぐ誰かに捕まって家に戻された。和寛はこの後、父親からの逃走を試みるようになる。
たえは11歳の時、初潮を迎えた。
父親はその日、異様に上機嫌だった。日頃は金がないと言っているのに「お祝いだ」とケーキを買ってきた。
夜、たえだけが父親に呼ばれて「布団に入れ」と言われた。
「その日初めて挿入されたんです。父親が布団をめくって、隣の布団に座っていた母親に『ほら見ろよ、入った入った』と言いました。母親も『何やってんの』と笑っていました。それが性被害と言われるものだと理解するのはもっと後のことで、その時点での認識は、気持ち悪い、痛い、苦しい。和寛は別の部屋にいました」
