「いい加減にしろ!」
「自分の子どもの面倒も見られないのに、いい加減にしろ! お前が入院して離れ離れになっているとき、子どもがどれほど泣いていたと思う。お前には他にやることがあるだろう!」
だが、傷心の恵理さんを慰めるのも野沢の役割だった。野沢は電話やメールで愛をささやき、「一緒に暮らそう」と誘い続けた。なかなか踏み切れない恵理さんに対し、「それなら、もう死にたい……」と呟くようになり、一刻も早く野沢と同棲する必要性があると感じた恵理さんは、両親の反対を振り切って家を出た。
「僕はキミを絶対に離したくない。離したら死んでしまう。キミしか分かってくれる人がいないんだ……」
「私もよ」
他にすることのない2人は一方が落ち込むたび、セックスで慰め合った。性の快感に浸っているときだけ、症状が和らぐ気がした。野沢は恵理さんと同棲を始めてから妻と正式に離婚し、半年後に恵理さんと入籍した。
ところが、生活をする上で先立つものは金だった。生活保護を受けていた2人は、たちまち困窮することになり、恵理さんは野沢にそそのかされて万引きをするようになった。
野沢が見張りを務め、恵理さんが食材入りのカートを駐車場まで運ぶ。2人は遠出して、あらゆるスーパーで万引きを重ねた。
だが、それもバレる日がやってきた。常習犯としてマークされていた2人は、張り込み中の警察官に現行犯逮捕され、次々と余罪が発覚。略式起訴されて、罰金20万円を言い渡された。
恵理さんは両親に助けを求めようとしたが、「『彼と暮らす』と言って、自分から出て行ったんだろう。ふざけるな。同棲解消するまで許さない!」と言われ、電話を叩き切られた。
給料の未払い→もう夫婦生活が続けられない状況に…
生活するには働くしかないと思い至り、恵理さんはパートで働くようになった。
野沢も生活保護を打ち切り、測量設計事務所で働くようになった。少しでも多く収入を得て、恵理さんに安心してもらうためだ。
だが、若い頃からしていた仕事にもかかわらず、すでに後輩の技量の方が上になっていた。
事件の10日前、野沢は給料が未払いだったことにショックを受け、すぐに経営者とかけ合ったが、「しばらく待ってくれ」と言われただけだった。
そうした状況に、野沢は「自分の実力が足りないからだ。自分は働いても何の価値もない人間ではないか」と落ち込んだ。
恵理さんは野沢の支えになるどころか、「もう死んだ方がいい。樹海へ行って一緒に死のう」と何度も野沢を説得した。野沢はますます精神的負担が増大した。
事件当日、野沢と恵理さんは近所に住む野沢の祖母宅に夕食を恵んでもらいに行った。「金がない」と話す2人に年金暮らしの祖母は、「助けてやりたいけど、お金はない。2人で乗り越えるしかない」と諭した。
戦後の食糧難時代の話をされても、野沢たちには何の解決にもならず、「もう自分たちは夫婦生活を続けられない」と思い込んだ。
その夜、寝息を立てていた恵理さんを見て、「この苦しみから脱出するには、恵理を殺して、自分も死ぬしかない。自分では恵理を幸せにしてやれない」と決断した野沢は、台所から包丁を取り出し、いきなり彼女の首を切りつけた。
「痛いッ!」と騒ぐ恵理さんの胸元にも何度も包丁を突き刺し、確実に殺すために工具箱からノコギリを取り出し、まだ生きている恵理さんの首を切断した。
