「相手の家のことを知らない」が不安に繋がる
――作中、描いていて特に印象に残っているシーンはどこでしょうか。
白目 描きながら自分でも気づいていなかったのですが、今回の作品では「相手の保護者」が一切登場しません。それが結果的にとても象徴的だったと感じています。
実際にも、放置子と思われるような子どもと関わるとき、相手の家庭や親御さんの情報がまったく分からない、ということは多いのではないでしょうか。迷惑をかけられていると感じていても、どんな親なのか知らない。何をどう伝えたらいいのかもわからない。私自身も「ママ友」と呼べるような関係性はほとんどなくて、相手の職業や人となりまで知っていることは稀です。
私が子どもの頃は田舎育ちだったこともあり、家族構成や親の職業など、地域の中で筒抜けでした。でも今はそうではありません。プライバシー意識も高まり、人との距離も適度に保たれていて、「相手の家のことを何も知らない」という状況が当たり前になっています。だからこそ、相手への憶測が膨らんでしまったり、困っていてもどう対応していいのか分からなかったりする。結局、「相手がどんな人かわからない」という不安が、問題への対処をより難しくしているように思います。
――なるほど。見えないからこそ余計に不安が募るんですね。
白目 こうした背景があるからこそ、やはり今の時代には、心理士などの専門職の存在が必要だと思っています。かつては地域の人々の関わりの中で解決されてきたことも、現代ではそう簡単にはいきません。地元出身者ばかりで構成されていた地域も、今は多様な背景を持つ人が混ざり合い、「助け合い」や「支え合い」が成り立ちにくくなっている現実があります。
もちろん、人の温かみや支え合いの大切さを否定するつもりはありません。ただ、保護者一人ひとりが「すべてを引き受ける」必要はないと思うのです。共働きや核家族の家庭が大半である昨今、必要以上によその家庭のことまで背負う余裕はありませんし、その責任が当然のように求められる時代でもありません。だからこそ、第三者として、冷静に見守り、適切に介入できる専門家が、今の社会にはますます求められていると感じます。
――作品を読んだ人からはどんな反響がありましたか。
白目 「今まさに同じような状況にある」というお声や、過去に似た経験をされた方からの反響を多くいただきました。
明確に距離をとる決断をされた方や、すでに専門機関に相談されていた方もいらっしゃいましたが、作中の母親と同様に、心配して周囲に相談したことが逆に煙たがられたり、「子ども同士はうまくやっているのに、自分だけが違和感を覚えてしまう」と悩まれていた方も決して少なくはありませんでした。
ただ、印象的だったのは「子ども同士の関係自体は悪くない」という点が共通していたことです。
「子どもが嫌がってくれたら、もっと判断しやすいのに」
「楽しそうにしているから、つい深く考えすぎてしまう」
そんなふうに、お子さんの気持ちを大切にしたいという思いがあるからこそ、迷いや葛藤が生まれているようでした。そんな方々から「相談していいんだと安心した」「自分を責めなくていいと気づけた」というお声もいただき、私自身もとても励みになりました。

