千里の夫も同様で、自分自身は自宅の工房で働き、千里は帰りが午後9時過ぎになることもあったので、「疲れている」と言われるとセックスに誘うどころではなかった。
「希望に添えなくてごめんね。今は陶芸に専念したい。家事をしてくれることには感謝してるから」
千里は熱心に修業していて、いずれは夫婦で思い思いの作品を作るのが夢――そう考えていたのだ。
その一方で2人の不倫関係はドロドロになっていた。
だが、熊野さんは千里との関係だけに決して溺れず、家族で旅行に行ったり、初詣を欠かさなかったり、家族と過ごす時間を大事にしていた。
千里はそれが不満だった。求めるだけセックスを求められて、決して結婚することもない関係。救いは熊野さんが自分以外の女に興味を示さないことだけだった。
〈先生の行動が私の仕事に影響するのを分かっていてほしい。スキンシップもエッチも私だけにしてね〉
〈もちろん、千里だけだから安心してね〉
熊野さんが妻とは別に、単独で寝ることにも異常にこだわっていた。
〈こないだのホテルの件もあるから精神がグラグラ。1人になると途端にダメなんで。私には何を言ってもうやむやにしていいと思わないで。私が先生のもとを去り、自殺したとしても恨みます〉
〈分かったよ。ごめんね〉
〈結婚もできへんのに、それだけは叶えてください〉
〈分かったから〉
〈本当に1人で寝てよ。お願い、約束守って〉
〈約束や〉
5年しか持たなかった「2人の不倫」
このように傍から見ると蜜月の関係でも、不倫関係が5年にもわたると、千里の愛憎感情が限界になってきていた。
熊野さんやその家族に対する嫉妬心、今までされてきたことに対する葛藤、陶芸家としての未来が見えない不安、このまま熊野さんに依存した生活を送るしかないのであれば、もう熊野さんを殺して刑務所に行こうと思い立った。
