アンディ・ミリガンやドリス・ウィッシュマンの映画を網羅的に収録した豪華Blu-rayボックス・セットのような信じがたい商品がクリックひとつで入手できる現在、野蛮と狂騒のVHS黄金時代の記憶はますます遠ざかりつつある。「狂騒」というのは決して誇張ではない。筆者は1989年から90年にかけてレンタルビデオ店でアルバイトしていたが、毎月届く「新作リリース」情報の冊子は電話帳ほどの厚さがあった。本当にとてつもない量のビデオが流通していたのである。
にもかかわらず、マニアは慢性的な飢餓状態にあった。
見たことも聞いたこともない、珍奇でレアな映画がもっと観たい! というマニアの欲望は留まるところを知らず、彼らは「品揃えのいい店」を求めて駆けずり回った。マニアの世界の話とはいえ、それは世界的な現象だった。
マニアの聖地「キムズビデオ」
ニューヨークの「キムズビデオ」はそんなマニアの聖地のひとつである(西海岸には「モンド・ビデオ・ア・ゴー・ゴー」という別の聖地があった)。「キムズビデオ」はその名のとおり、韓国系移民のキム・ヨンマンが87年に開業したレンタルビデオ店で、膨大なコレクションはもとより、極めて希少なタイトルを網羅していたことでその名を世界に轟かせた。まさに「見たことも聞いたこともない、珍奇でレアな映画」の宝庫だったのである。「キムズビデオ」のレンタル会員数はうなぎのぼりで、最盛期にはマンハッタンを中心に5つの店舗を構えるまでになった。
本作は、そのような「キムズビデオ」の興隆を描いたドキュメンタリー……ではない。タイトルの「キムズビデオ」はダブルミーニングで、レンタルビデオ店の名前を指すと同時に、「キムさんの集めたビデオ(コレクション)」という意味を含んでいる。

