スタメンから外された大谷翔平の怒り
所沢へ移動の車中でのことだ。マネージャーの岸七百樹が栗山に囁いた。
「監督、翔平が僕にめちゃくちゃ怒ってくるんですよ。『岸さんがちゃんと伝えてくれないから、監督が僕を使ってくれないじゃないですか』って」
指揮官は思わず笑みを浮かべた。大谷がそう言ってくることは予想していたからだ。
栗山は、この日のスターティングメンバーから大谷を外していた。登板翌日だったわけではない。普段ならば、彼は打線の中核を担うべきゲームだったがあえて外した。ベンチが止めなければ、毎日でもグラウンドに立とうとする大谷が、優勝をかけたゲームにスタートから出られないことをもどかしく感じるのも当然のことだった。
栗山は岸に言った。
「怒らせておけばいい」
午後6時、勝てばリーグ制覇となるライオンズ戦が始まった。決めなければならないという重圧は色濃くチームを覆っていて、それが伝染したかのように、先発マウンドを任された吉川光夫の表情も強張っていた。28歳のサウスポーは先頭打者にいきなりデッドボールをぶつけると、手元を狂わせたまま続く二番バッターにストレートを投じた。捕手の構えたミットと逆のコースへ吸い込まれた白球は、快音とともに左翼スタンドに消えていった。
栗山はベンチで腕組みをしたまま打球の行方を見つめていた。相手の先発投手がライオンズのエース岸孝之であることを考えれば、あまりに重い2失点だった。嫌な予感の通り、ゲームはビハインドのまま進んだ。アウトカウントだけが増えていく。大谷を欠いた打線は沈黙し、スコアボードに重苦しいゼロが並んでいく。栗山はそれでも動かず、ベンチでじっと耐えていた。そんな指揮官のもとへ、マネージャーの岸が再び歩み寄ってきた。
「翔平がベンチ裏でガンガン振ってるんですが」
自分を打席に立たせてくれと、大谷は言っていた。おそらくマネージャーもそれを分かった上で、進言の意味も込めて伝えにきている。チーム全体が、この状況を打破するために彼を求めていた。
だが、栗山は動かなかった。
「いいから振らせておいてくれ」
指揮官がようやく彼をピンチヒッターに送ったのは、3点目を奪われた後の7回表であった。
《この続きでは、大谷翔平をスタメンから外した意図が明らかにされています》
※本記事の全文(約9100字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(連載「No time for doubt 大谷翔平と2016年のファイターズ 第6回」)。「文藝春秋PLUS」では連載初回から最終回まで全てお読みいだけます。
出典元
【文藝春秋 目次】永久保存版 戦後80周年記念大特集 戦後80年の偉大なる変人才人/総力取材 長嶋茂雄33人の証言 原辰徳、森祇晶、青山祐子ほか
2025年8月号
2025年7月9日 発売
1700円(税込)
