かつて8歳の少女のふりをする養女に、命を狙われたアメリカ人夫婦。「子供のふりをした“サイコパス”であるナタリアと過ごしたあの悪夢の2年間を決して水に流すことはできない」と振り返る、その恐るべき記憶とは? 実際に起きた事件などを題材とした映画の元ネタを解説する文庫新刊『映画になった恐怖の実話Ⅲ』(鉄人社)のダイジェスト版をお届けする。

写真はイメージ ©getty

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 2009年のホラー映画「エスター」は、9歳の少女を養子に迎えた家族が、彼女が実は33歳の殺人鬼だと発覚するという恐怖を描いた作品だ。しかし、この映画が公開された翌年、アメリカで現実に起きた事件はフィクション以上の恐ろしさを持っていた。

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 米インディアナ州のマイケル・バーネットとクリスティン夫妻は、2010年4月にウクライナの孤児院から8歳の少女ナタリア・グレースを養子として迎えた。すでに3人の実子がいた夫妻にとって、新しい家族の誕生は喜びだったはずだった。

 しかし、生活を共にするうちに違和感が募っていく。ウクライナ出身のナタリアだが、母国語は話せず英語は流暢。8歳とは思えない大人びた言動、さらには陰毛が生えており定期的に生理も来ていた。不審に思った夫妻が医学的検査を行った結果、少女は少なくとも14歳以上だということが判明した。

「ママに毒を盛っているのよ」家族を恐怖に陥れた“サイコパス”

 検査結果を知ったナタリアは一転、恐ろしい素顔を見せ始める。近所の子供に危害を加え、バスルームに自分の血で「殺す」と書き、「家族を皆殺しにして死体を庭に埋める」と口にするようになった。

 クリスティンはその恐怖を後に「ナタリアがコーヒーに化学物質、漂白剤、洗剤のようなものを入れているのを見て『何をしているの?』と聞いたところ『ママに毒を盛っているのよ』と言われた」と涙ながらに証言している。

 マイケルも「ある夜、目を覚ますとナタリアがナイフを手にベッドの足元に立っていた」と語り、家族を殺そうとしていたと主張している。

 法的には8歳の養子であるナタリアを手放すことは扶養義務の放棄になるため、夫妻は様々な医療機関の調査を経て、ナタリアが「先天性脊椎骨端異形成症」という稀な小人症を患っており、実際は1989年9月生まれの22歳であることを証明。2012年にインディアナ州マリオン郡裁判所にナタリアの年齢修正を申請し、認められた。これにより夫妻は実子とともにカナダへ移住し、ナタリアはアメリカに残された。

 しかし事態はさらに複雑になる。バーネット夫妻はカナダ移住後もナタリアの生活費を援助していたが、2013年末頃から音信不通に。2016年、ナタリアはアントウォンとシンシアのマンズ夫妻に引き取られた。彼らはナタリアが未成年だと考え、バーネット夫妻が映画「エスター」に影響されて不当にナタリアの年齢を操作したと主張。2014年のナタリア自身による「養父母に置き去りにされた」という警察への訴えと相まって、バーネット夫妻は児童遺棄の疑いで2019年に逮捕された。

 その後の再鑑定でナタリアが小人症であることが確認され、バーネット夫妻の起訴は見送られた。マイケルは当時、「子供のふりをした“サイコパス”であるナタリアと過ごしたあの悪夢の2年間を決して水に流すことはできない」と憤ったという。

 2023年5月、アメリカのディスカバリーチャンネルが「ナタリア・グレースの数奇な事件」というドキュメンタリー番組を放映。そこで元養父母が語った恐怖の日々は、映画「エスター」のフィクションをも上回る衝撃的な内容だった。

 2023年11月現在、34歳となっているはずのナタリアは、マンズ夫妻や他の養子たちと共に生活しているとされる。彼女が実際に何者なのか、本当にサイコパスなのか、それとも理解されなかった被害者なのか――真相は闇の中だ。

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